第16話 それは複雑なこと

 うみ「聞いてくれよ、未咲~……」

 未咲「どうしたの、うみちゃん?」

 うみ「いや、な? けさ電車に乗ってたんだけどさ……」


 浮かない様子のうみちゃん。ほんとうにどうしたんだろう。


 うみ「ワルそうな JK に因縁つけられたんだよ……それも超めんどいやつ」

 未咲「どんな感じだったの?」

 うみ「車内だってのにメイクしててさ、あんまりだったから観察してたわけ」

 未咲「あー、いるよね、そういう子」

 うみ「そしたらさ、『なに見てんだよ』って向こうが言ってきたわけ。

    なんかそいつの言いかたが、けさのあたしには妙に癪に障ったんだ」

 未咲「うんうん、それでそれで?」

 うみ「もうちょっとで掴み合いの喧嘩になりそうだった。

    さすがにあぶないと思ったから、こっちが身を引いてことなきを得たよ」


 すんでのところで大変なことになりそうだった、と語るうみちゃん。

 その表情はとても憎悪に満ちているみたいだった。


 未咲「ともかくおつかれさまー」

 うみ「はぁ……やっぱここのヌルさが落ち着くぜ、いつもありがとな」

 未咲「そんな、お礼を言われることなんて何も……」


 なんだかわからないけど、いけない雰囲気になりそうだった。


 未咲「あっそうだうみちゃん、おしっこ行きたくない……?」

 うみ「はっ? なんでまた急にそんなこと……お前、まさか……!」


 そう、最近の未咲は何かと我慢がきかないらしい。

 喋っている間にも顔はみるみる紅潮し、脚をもじもじさせて落ち着きがない。


 未咲「実はさっきね、ちょっとちびっちゃったの……」

 うみ「とにかく急ごう。立てるか?」

 未咲「うん……あっ」


 短い悲鳴のあとに、かすかな水音。


 未咲「もうだめ、かも……」

 うみ「おい、あきらめんなよ……! 未咲はそれでも乙女なのか?」

 未咲「急にそんなこと聞かれてもっ……わかんないよっ……」


 とうとう泣きはじめてしまった。こうなってしまってはどうしようもない。


 うみ「またなのかよ……しっかりしてくれよ、未咲……!」

 未咲「だって、ずっとおわんないんだもん、この季節……」


 顔をくしゃくしゃにしながら、腰の下あたりから秘めやかな水をあふれさす。


 うみ「最近のお前、やっぱりおかしいよ……いったいどうしちまったんだ?」

 未咲「……」


 わたしはなさけなくおもらししながら、玲香ちゃんのことを考えていた。

 かなわない想い。それはわたしにとって、じつはとっても悲しいことだった。


 未咲「……もっとおもらしする」

 うみ「は?」


 そう言って未咲がかばんから取り出したのは、大量の水とミルク珈琲。


 未咲「いい、うみちゃん? ぜったいに、わたしのじゃまをしないで」

 うみ「お、おう……」


 なんだかよくわからない気配に圧されて、そう返事するほかなかった。


 未咲「んくっ、んくっ……」

 うみ「お、おい未咲……」


 そんなに飲んだら……その最後は、考えれば誰もがわかることだった。


 未咲「はぁ、はぁ……もうやだ……あれもこれも、ぜんぶ嘘ならいいのに……」


 うつろな目をしながら、なにやらネガティブなことをつぶやく未咲。


 未咲「この時間も、あのことも、うれしかったことも、悲しかったことも……」


 どうにも意味が深そうで、よくわからない。未咲にしかわからない感情だ。


 未咲「玲香ちゃんと過ごしたときも、ここであったことも何もかもぜんぶ……」


 再び排泄音が聞こえてきた。気持ちよさそうな音で、こちらが恥ずかしくなる。


 未咲「玲香ちゃん……どんなことがあっても、わたしは玲香ちゃんがすき……」


 ――占いの結果によらず、やっぱりわたしの思いは変わらなかった。


 未咲「ずっと一緒にいようね、また一緒におしっこで温めあいっこしよう……」


 ――恥ずかしいことはあるかもしれないけど、あのどきどきは忘れられない。


 未咲「はぁ、きもちいい……」


 勢いが増して、未咲の身体が少しだけ跳ねた、ような気がした。


 うみ「未咲、あたしもそろそろ……」

 未咲「んにゅ~……」


 これまたよくわからない、喃語めいたものを発しはじめたクラスメート。


 うみ「なぁ、未咲……」

 未咲「あ~、う~……」


 目が離せなくなってるあたしがいる。このままだとほんとにまずい。


 うみ「おしっこ漏れちゃいそうなんだってば! いいかげん目を覚ませよ!」


 ついに言ってしまった。柄にもなくぷるぷるしているあたし。

 ……いや、かりにも女の子として、こっちのほうが本来の自分って感じもする。


 うみ「う~……」


 歯を食いしばりながらなんとか耐えているものの、もうほとんど限界だ。


 うみ「あっ……」


 染みたような感覚。長らく感じていなかった嫌な感触が、あたしを蝕んでいく。


 うみ「これもう間に合わな……んんっ!」


 どんどん下着に染みていく。自分で言っておきながら、簡単に諦めがついた。


 うみ「あぁ~……やっちまった……」


 未咲と同じ顛末。あたしって、こんなになさけなかったかな……。


 うみ「未咲、そろそろ起きろー」

 未咲「んみゅ、あとちょっと……」


 原因不明の眠気に襲われている様子。まぁ少し寝れば落ち着きも取り戻せるか。


 うみ「冬って厄介なんだな、こんなにも……」


 意味深長っぽいことをつぶやいて、あたしはただ床を濡らし続けていた。

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