八巡目、老師――九巡目、弟子

 また生まれ変わった奴は、今度も仙人を志した。

 そして、あちこちを流浪する旅の僧侶として知られるようになる。


 ある時、太陽を司る王家にある王子が生まれた。

 それはかつての聖仙、かつての亀、かつての太陽の息子、かつての兎だ。

 あの前世を見てから、我は奴に関わりたくなかった。我はかつての、自ら見定めたカエルの夫、その王子だけを見ていたかった。

 幸い、奴らは遠く離れた地にいた。歳の差もある。僧侶として旅する奴は、もう高齢だ。


 しかし、我の願望は打ち砕かれる。

 奴は老いには勝てず、病気まで抱えていた。そのため、奴はある国の門前で倒れることになる。

 大した神通力も得られなかった奴はあの太陽の家系の治める国、その北の門の外に倒れていた。

 そこで奴らは出会う。


「また、老人か……」

「何だね、高貴な者よ」


 修行をしていただけあって、奴は庶民に扮した王子の身の上を即座に見抜いた。

 王子は驚き、問いを返す。


「老いた人よ、もしやあなたは名高い僧ではあるまいか?」

「ふふ、私はそんな達者なものではない。老い、病んでいるだけの只人だよ」


 実際、その通りではあった。

 それでも王子は、どうしてもこの老人に聞きたかったのであろう。再び問いかける。


「いや、あなたからはただならぬ何かを感じる。問おう。この世の苦しみとはなんだ?」

「なぜそんなことを尋ねるのかわからんが、私自身だろうね」

「あなた自身が?」

「ああ――何度も、繰り返した気がするよ。同じ苦しみを」


 老人はそう言うと、眠るように死んだ。

 王子はそれに大きな何かを感じ取ったのか、その日のうちに妻も子も捨て、王家から出家した。


 我はただ、それを眺めていた。







 やがて、王子が悟りを開いた。

 厳しい修行に明け暮れ、それを無為なるものと断じて休息を取り、深く考える。

 我の、世界を支えている我の下から完全に放れている。一人、そこに在る。

 驚愕すべき人間のなせる業が成就した日、一人の赤子が生まれた。

 後に、元王子の弟子となる人物。前世は門前で死んだ、ただの老人であった。


 赤子は育ち、覚者の弟子となる。

 少し間が抜けていて、手のかかる弟子は師からため息交じりに叱られていた。

 しかし、彼を見つめる師匠の目はいつも慈愛に満ちていた。

 我は目が離せず。かといって邪魔もできずに眺めるだけだった。

 覚醒した奴は我をも知覚できるらしく、時折虚空を見つめては憐れみの視線を向けていた。我を、奴は憐れんでいた。

 それを屈辱とも思えず、かといって慰めにもならない。できるのは、ただ眺めるだけだった。


 覚者として、遍く人々に尊敬された聖人も寿命を迎えた。

 病が原因でもある。そして奴は死とともに、我にも想像のつかない領域へ旅立つのであろう。

 奴の死に、多くの弟子たちは動揺せず見送った。一人を除いて。

 手がかかった、間抜けな弟子。奴だけは人目をはばからずにおんおんと泣いた。

 他の弟子たちから未熟だと罵られようと、師の遺体から離れようとせずに泣き続けた。


 それから時が経ち、未熟だった弟子は多くの者から説法を請われるようになった。

 なぜなら、奴こそが諸国を漫遊した覚者と常に連れ添い、その言葉をずっと耳にしていたからだ。


「私はこう聞いた――」


 奴の説法は、いつもその言葉から始まる。

 自分の言葉などない、師匠からの受け売り。人々は、その受け売りを真に求めていた。

 奴の言葉は多くの経典にまとめられ、世界を渡る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る