遍く神と巡る人間

古代インドハリネズミ

一巡目、カエルの奥方


 情けない神の王に代わり、泡になって邪竜を退治して幾星霜。

 全知全能、遍く我は退屈であった。

 退屈の極みにあった我は支えている世界の上で面白い事変が起こったことを認識する。

 それはある国、王宮の中。


「王子よ、そなたの姫はどこへ行ったのだ」


 王が自らの息子である王子を問い詰めている。我はその辺の柱に意識を移し、少しワクワクしながら眺めていた。

 王子は落ち込んだ様子で、ぽつぽつと話し始める。


「……我が姫は、水に浸かると消えてしまいました」

「消えたとな? 誘拐でもされたのか」


 どうやら、王子の婚約者がいなくなってしまったようだ。


「それはありえません。怪しい者はいませんでした。ただ、姫のいなくなった場所にこのカエルが残されてました」


 王子は掌で大事そうにカエルを抱えている。大きくて立派なカエルだ。我も欲しいぞ。


「まさかそのカエル、妖の類でではあるまいな? カエルが怪しい、国中のカエルを皆殺しだ!」


 王は狂ったように叫ぶと、兵士たちに命じた。我はこんなやつが自分の支えている世界で王になっているのかと思うと、悲しくなった。

 王とは、宇宙われと戦士の理を会得している者でなければならん。


「お待ちください!」


 我がこの狂った王をわれの下敷きにしてやろうかと考えていると、王子が声を上げた。


「このカエルは、悪しきものではないと思います。愛嬌のある顔をしているではありませんか。ですが、姫がいなくなったことに関係があるはずです」


 我と王は王子の意見に耳を傾け、カエルの顔を見た。確かに、よく見ると可愛らしいかもしれない。

 我と王は同時に「ふむ……」と呟いた。この我と同じ呟きをするとは、こいつもなかなかやりおる。


 そう言えば、我はこの件の全貌を知らなかった。我はカエルの魂を読んだ。魂には過去も記されている。

 どうやら、このカエルこそが王子の探している姫のようだ。

 我はここで、天才的な閃きをした。この善良な王子が、真の王たる資格があるか試してやろうではないか。


「ほっほっほ、王子様の言うことは図らずも当たっておりますわい」

「むっ、誰だ」


 我だ。


「私はアーユという、仙人です。そこのカエルこそ、あなたの探していた姫なのです」


 我は薄汚い黄衣に身を包み、神通力を発しながら訳知り顔で話した。わかる者にはわかる仙人としてのアピールポイントである。


「無礼な! そこのカエルが息子の愛した姫だと言うのか!」

「ええ、そうでございます。姫よ、もう良いのではありませんか?」


 我がそう促すと、王子の手の上のカエルから、煙がモクモクと上がる。

 王子はカエルが煙に包まれても手の上から放そうとはしなかった。しかし、カエルは王子の隙を見て跳び上がって掌から逃れた。

 カエルが地面とぶつかると同時に、美しい少女が現れた。まあ、我の方が美しいが。


「なぜ、わかったのです……」


 姫は暗い表情で俯いている。その言葉からは正体を明かした我への恨みを少し感じた。


「これでも仙人の端くれですからの。ところで、王子様はどうされるので?」

「……どう、とは」


 王子は呆気に取られているのか、驚くでもなく平然としてる。

 対して父である王は玉座からひっくり返って頭でも打ったのか、気絶している。愉快な王だ。


 さて、ここからだ。王子はどんな表情かおを見せてくれる。

 怒りか、失望か、恐怖か、後悔か。


「姫……いえ、この娘は王子を騙していたのです。本来はただのカエル。水に触れたことで真の姿に戻ったのでしょう。王子はこの娘を、どうされるおつもりか」


 我がそう言うと、宮廷内に緊張が走る。

 さあ、見せてくれ。お前の魂の形を。


「どうもしません」

「ほう、この娘が憎くはありませんか? 騙されたことへの失望は?」


 我の言葉に、カエルの娘は怯えるように肩を震わせる。


「ありません。私は、姫が見つかって嬉しいのです。たとえカエルだったとしても、愛する人が見つかった嬉しいのです」


 我が少し驚いたから、大地が揺れる。

 突然の地震に、宮廷内の者どもが喚きふためく。

 そんな中、王子はカエルの娘を揺れから守るように支えていた。


「……ふむ」


 我が呟くと、地震は止まった。


「素晴らしい。このアーユ、王子の心がよくわかりました」

「お礼を言います、仙人よ。私はこうしてまた姫に会うことができた。姫よ、再び私と共に歩んではくれまいか」


 王子は姫の手を取る。姫は顔を赤くし、声も出ない様子でただただ頷いた。その頬を涙が伝う。


「これはこれは……見込みがある」

「はい?」


 この胆力、我の理想の王に近い。しかし、今生では遅い。

 


「いえいえ。お二人に、仙人からの祝福を!」


 我が指を振ると、カエルの娘に首飾りが付与される。


「仙人様、これは?」

「それをつけていれば、水に浸かってもカエルになることはありませぬ。ワシからの贈り物でございます」


 王子と姫はたいそう喜び、我はそれをしり目に消えた。

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