第26話

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 正直に言うと僕はあの火災は田中少年がまず母親を殺害後、その死体に灯油を撒き着火、次に白井邦夫を殺害して同じように灯油を撒いて火を点けたというのは分かっていました。それは消防の報告を見ると発火元と言える白井邦夫宅より、被災した長屋の方が炎の焼かれ方が激しかったという報告を見つけるに至り、そう推理しました。

 あとは少年の心に残る恨みでしょうか?図らずとも母親を先に焼くことで白井邦夫より先に灰にしたいと言う…

 おそらく凶器は木製のバットであろうというのも日記から推測されます。それは火事で焼失したことでしょう。

 しかし『三四郎』と日記はあの火事の中で残りました。

 それが結果として三十年を経て僕達に過去の扉を開けさせることになりました。

 しかしこの火災はここである偶然が田中少年を大きく助けることになりました。これは元々殺害計画には無い物で、それがこの事件を少し特徴だて際立たされるものでした。

 つまり佐伯百合の失踪となるのです。

 蓮池法主、この辺りは昔大阪城の外堀にもなり、あの真田幸村の真田丸の出城があった古戦場でもあったのです。それは御存じかと思います。

 あの日少年は紅蓮の炎が燃え盛る母親の邸宅の下から風が吹き込んで炎が巻き上がるのが分かったのです。

 見れば床下から風が吹いています。炎がその風に沿うように逃げてゆくからです、少年はその時狂気に駆られていたのです。無我夢中で床下の板をはがすとそこに平たい石と隙間から見える空洞を見つけたのです。

 そうです、これはこの辺りでは偶に見つかる洞穴道、つまり大阪城から落城の時の逃げ道だったという訳です。

 少年は瞬時に、その洞穴道に焼けて行く母親の死体を放り込んだ。

 それから石を元に戻すと、後は焼け落ちる母親宅から避難したんです。

 しかし田中少年の頭脳はこれだけでは止まりませんでした。

 火災検証が終わって暫くすると、やがて田中少年はこの場所にこうした道があることを役所などに調べられれば、投げ込んだ母親の焼死体が分かるのは時間の問題です。だから先手を打とうと決め、当時の坂上の寺院へ投書したのです。

 被災した母親宅の石土間付近に、水かけ地蔵堂を建て、亡くなられた方の魂を慰め、また二度とこうした火災で人が無くならないように願をかけていただきたいと。

 僕はそこまで幾つかの断片的なパーツを帰りの新幹線で組み立て、やがてその確証を掴む思いで戻り次第、あの水かけ地蔵を調べたところ、年月による隙間が見つかり、そこを覗くと何かしらの形があるのが分かりました。

 その事については、あの日法主と二人で水かけ地蔵の前で田中氏の言葉として確認した通りです。

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