第3話

(3)


 四天王寺してんのうじロダン。

 何とも奇妙な名である。

 僕は銭湯の湯船に浸かりながらもじゃもじゃの縮れ毛でアフロヘアの若者を見ている。

 実はこれが面前で風呂に浸かっている彼の名である。

 何でも父親の芸術好きが高じて息子の名前をあの「地獄の門」で有名なフランスの彫刻家と同じオーギュスト・ロダンと同じ名前にしたそうだ。

 だからカタカナで「ロダン」となった。

 初めて彼の名を聞いた時、

「奇なる苗字に、妙なる名でしょう」

 と、彼は湯気に当たりながら顔を赤くして僕に言った。

 しかしその後、

「子供の頃は嫌だったんですが、今は意外とこの名を気に入ってるんですよ」

 と、縮れ毛を指で巻きながら僕に言った。

 あまりにも奇抜な名だったので、「役者か何かがちょうどいい」言うと名は何とやらで、実は彼はこの先の天王寺の阿倍野界隈にある小さな劇団の研究員だった。

「役者冥利の名ですけぇ」

 と、どこの訛り化も分からぬような口調で僕に尻を向けると颯爽と湯船を出て行った。

 しかし縁とは不思議である。

 湯船だけの縁だと思ったのだが、彼とはそれだけの縁でなく、僕の棲み処の長屋の隣人でもあった。

 僕が越して来た時には既に住んでおり、僕の姿を仕事がない日は二階の格子窓から良く見ていたそうだった。それで僕が銭湯に行く姿を見るにつけ、こうして僕と揺馴染みの友となった。

 その彼と一緒に湯船に浸かっている。

 彼は後から湯船に入って来た。それからずっと黙りながらじっと湯船に浸かっている。

 僕は身体を洗い終えて、今湯船に足をいれてちょうど湯加減が身体に伝わり始めた頃である。

 そのまま、彼にも言葉をかけることなく先程の「三四郎」の事を考え始めた。

 いや正確には「三四郎」に書かれていた誰とも分からぬ「人物」とその余白に書かれた「言葉」の事である。

 僕はゆっくりと目の前で湯船に浸かるもじゃもじゃ縮れ毛のアフロヘアの若者を見ながらそれらを思い出し始めた。

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