第5話 精霊講

 そして紳士は語り始めた。


 そもそも、勇者というのは何者だと思う?

 伝説の英雄? 間違ってはいないがそれが

 全てではない。

 勇者というのは、職業なんだ。

 といっても、それはパン屋とか皮なめし職人というのとはもちろん違う。

 それは人間が生まれ持った使命のようなもので、謂わば天職というべきものなんだ。

 つまりそれは星が決めるんだ。

 結局星の話かよって?

 まあ、話はこれからだよ。

 天球上の十二宮と惑星の配置によって、稀に勇者のような傑出した人類が生まれることがある。

 これがエステル先生の言う「下の物は上のごとく」っていうことだね。

 けれどもこの賢者の言葉は、後にこんな風に続いているんだ。

「上の物は下のごとく」

 ってね。

 要するに星が地上を律するように、地上もまた星の世界に影響を与えることができるっていう理屈だね。

 その思想を突き詰めて研究した人が、カリスマ錬金術師ヘルペス博士だ。

 博士が星の世界に干渉するために採用したのは、精霊を利用する方法さ。

 もちろん並の精霊じゃない。四大元素の精霊だよ。

 こいつらを丁重にお祀りして、随分とご機嫌を取って、天と地の仲人役に据えようというわけだ。

 ほら、君もこの世界が火風水土の四つの元素から成っていることは知っているだろう。

 この四元素、実は天空にも存在しているんだ。

 例えば黄道上の十二の星座宮にはこれらの元素がそれぞれ配当されている。

 星座宮と惑星の位置関係によって、エレメントのバランスも変化する。

 もしその状態を再現することが出来たら、特定の星の配置を疑似的に作り出せるのではないか? 博士はそう考えた。

 結論から言えば、この目論見は成功した。

 博士は、天界の元素のバランスを調整することで、地上に任意の奇跡を起こす術を確立したのさ。

 そうして博士は、精霊を奉斎し自らの術を大規模に実践するために、秘密結社を作った。

「精霊講」と呼ばれるこの組織は、表向きは、信心深い職人ギルドの寄り合いの体を取っているが、その実態は星の力を勧請(かんじょう)するオカルト団だ。

 博士の理論は、教団の秘儀として体系化され、選りすぐられた講員が英雄に改造される。

 この人造英雄は、彼らの間では獣帯士と呼ばれている。

 こいつらは、十人力の腕力と、強靭な肉体、そして職業を持っている。

 なんでも、その職種に応じて、色々な奇跡をおこなうことが出来るらしいよ。

 それでねシグルド君。

「精霊講」は儀式を行う際、占星術でしかるべき時と場所を定めるのだけど

 今回選ばれたその場所が例の洞窟だと言ったら出来すぎた話だと思うかな?

 いや、こんな話を君にして、どうしろというわけじゃないよ。

 まさか行ってみろなんて言えないよ。良識ある大人としてはね。

 そうだね。

 仮に君がダンジョンに行って、儀式の現場を押さえたとしても、そのまま即入団、奇跡のおこぼれに与れるなんてことにはならないだろうね。

 それとも土下座して頼んでみるかい?

 それより命乞いのセリフを考えた方が賢明だと思うよ。

 秘密結社なんだから、君をただでは返すまいよ。

 そんな理屈は君にもわかってるだろう。

 にもかかわらず君はもう行きたくなってるんじゃないかな?

 こんな胡散臭い男のいかがわしい話に人生を賭けてみようかと思い始めている。

 今君の胸で疼いているものの名を教えようか?

 それは自由意志というんだよ。

 神様から与えられた人間の特権さ。

 こいつだけは星の光にも征服できない代物だ。

 奴らだって万有の主には遠慮するからね。

 だからこそ人間は、この自由意志を駆使して、運命に抗い未来を切り開くことが出来る…というのは勿論きれいごとだよ。

 逆に俺は、自由意志なんて人間に馬鹿させるためにあるんじゃないかと思うよ。

 だって神様は人間に無垢で従順であることを期待しているんだろう。全能の神なんだからはじめからそうなるように創造すりゃあよかったんだ。

 だけど、人間には自由意志なんて罰当たりな長物が与えられている。

 これはもう壮大なフリだよね。

 お陰様で人間は今まで随分と馬鹿なことをしでかしてきた。

 食べるなと言われた木の実を貪り、見るなと言われれば垣間見、押すなと言われれば熱湯へと突き落す。悲しいくらいに、僕たちはそういう風にできている。

 禁止されるほどに自由意志が疼くようにね。

 無責任な人は、よく「悪魔に誘惑された」なんて言うけど、それは間違いなく自分で選んだことなんだよ。

 だから君がダンジョンに行きたくて仕方ないとしたら、それは君自身がそう思っているんだよ。

 君は今、常識に遠慮したり、エステル先生の愛情に絆されたりして、柄にもなく利口な振る舞いをしている。

 そうやって、自分を押し殺しているから自由意志が拗ねているんだよ。

 僕を見て。僕は君の一部だよって。

 その声に耳を傾けるかどうかはそれこそ君の自由だ。

 どんな選択をしても俺はそれを尊重するよ。

 君がその結末を、自分の責任としてきちんと受け入れる覚悟があるならね。

 そうだな。たとえ未来を切り開けなくても、死にかけてるような今を切り捨てることはできるかもしれないよ。

 おっと、これじゃあ、まるで俺がそそのかしてるみたいだね。いいかいくれぐれも行ってはいけないよ。

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