ベルとヘカテイア

「ベルさんひさしぶりですね~。私ですよワタシ……ヘカテイア覚えてます?」



 「ん? おーヘカテイアじゃん久しぶりー」



 俺と如月が固まる中で何事もなかったかのように挨拶を交わす二人。



 腕利きの鍛冶師と聞いていたので年齢を重ねたおじさんやおばさんが出ると思ったら美少女が出てきて驚いてしまう。



 桃色髪のツインテールに赤色の瞳、年齢は見たところヘカテイアと同じ歳のように見える。こうして二人で話しているところなんてまさに姉妹だ。



 だがそんなことよりも心配なのはこの部屋の方。見たところこの工房はボロボロで人が住めるようなところではない。



 足場もゴミで不安定だし空気だって悪い。こんなところに小さな女の子が過ごしても大丈夫なのだろうか。



 だがそんな俺たちの不安をよそにベルはヘラヘラとした表情でヘカテイアと話をしている。



 「そういやさっきから気になってんだけどさー。この人たちってだぁれ? 幽霊だったりするのかなー」



 「残念だが人間だ。俺は友利ナギトだ……ソテルズの団長をやっている。よろしくな」



 「ギルドの団長さんなんだー。とりあえずはナギちゃんって呼んでいい?」



 「好きに呼んでくれ」



 「あ……私は如月綾乃。まだこのギルドに入ったばかりだけどよろしくね」



 「あやの……じゃあこれからはあやのんって呼んじゃうねー。私はベルフェゴールって言いまーす。長いんで適当にベルちゃんとか略しちゃってー」



 何だか変なアダ名を付けられたが気にしない。彼女はニコニコ顔で自己紹介を済まして再び新聞紙を被って寝ようとする。



 だがさすがにここで寝られては話が進まないのでヘカテイアがまるで子供からお布団を取り上げるように新聞紙を取り上げた。



 「ああ……私の唯一の防寒具かぁぁ…………!」



 「防寒具なら後でもっと良質なものを用意してあげます。それよりぃ……可愛いヘカテイアちゃんの為に超絶最強チート装備とか作ってほしいなぁなんて」



 ベルの睡眠を妨害しながら本題を話すヘカテイア。さすがに昔ながらの仲間というだけあって扱いには慣れている。



 だがヘカテイアの提案を聞きはするものの乗り気じゃないのか面倒そうな態度を取る。



 「……やだ」



 「やだ!? あれれー? ヘカテイアちゃんの耳が悪いのかカナ? 何だか今理解できない言語が聞こえたような。いやぁまさかベルさんほどの理解力のある方が私の誘いを断るなんてそんなことありませんよねー?」



 「んー聞こえなかった? 私はヤダって言ったんだけど」



 「ガーン! まさかの反抗期!?」



 どうやらヘカテイアの説得に応じるつもりはないのか眠たそうではありながらも明確な意思で協力を拒否される。



 一体どうしてベルが拒否しているのかは分からないが装備を作れるのが彼女しかいない以上無理強いするのは逆効果だ。



 それをヘカテイアも分かっているのだろう。言葉で威圧するのではなく言葉で誘惑することにした。



 「あー残念! 協力してくれたら貴方の大好きなケーキとかあげようと思ったのになぁー」



 「ケ、ケーキ……」



 「せっっかくのチーズケーキだったのになぁー。とはいえ無理矢理やらせるのは性に合いませんからねー……ここは帰ると」



 「ま、待って!」



 「ケーキだけ貰うことって出来ないかなぁなんて」



 「いや出来るわけないでしょ!?」



 まさかこの期に及んでケーキだけをねだるとは思わず彼女のたくましさに驚くばかりだ。



 とはいえこのままでは埒が明かないのも事実。今度はヘカテイアに変わって俺が話をすることにする。



 「どうして……嫌なんだ」



 「うーん。昔は嫌じゃなかったんだけどー。一回エルピス作ったじゃん……あれで燃え尽きたってゆーか結局最初の革命はギルドが潰れて終わったし」



 ヘカテイアのギルドはエルピス開発と同時期に帝国に一度滅ぼされて終わっている。



 もっとも捕縛理由が悪徳商売だった為にギルドは解散するだけで終わったのだが。



 彼女からすれば頑張って協力したのに全てが水の泡になってしまったことになる。



 一度失ったモチベーションを戻すことは容易ではない。ギルドが潰れてやる気が出なくなったとしても何らおかしなことではなかった。



 「お前の気持ちは分かる。でも……俺は多くの命を救いたいんだ。ギルドをみんなの……弱者の居場所にしたいんだ! その為にも俺たちと協力してくれないか」



 「うぅ……そんなに真剣に頼まれると困っちゃうなぁ」



 「俺はいつだって真剣だ……」



 「私も……もっと強くなりたいから」



 俺についで更に如月も彼女にお願いをする。搦め手よりこういった直球の方が弱いのか珍しく困ったような反応をする。



 やがて堪忍したのか降参と言わんばかり両手を上げて仰向けにぱたりと寝転ぶ。



 「そこまで言われたら私も手伝ってあげたいけどさぁ……部屋とかも散らかってるし……コアを溶かす設備も壊れちゃっててさ」



 言われてみれば確かに辺りはゴミだらけでとてもここでは装備を作れそうにない。



 恐らくは装備を作るための設備とかもこの建物の奥にあるのだろう。



 もっともそれを使うためにはこの大量のゴミを片付けなければならないのだが。



 「明日でいいやって思ってたらこんな状態になっちゃったよぉ」



 「仕方ありませんね。まずはこの部屋を片付けることから初めて……」



 「えー面倒だし明日でよくない?」



 「さっき自分で言ってたこと分かってます?」



 とにかく設備を使うのは部屋を片付ければ良いとして問題はその設備自体の修理方法だろう。



 「その設備ってのは直せるのか?」



 「ん? 材料さえ集めれば直せるよ」



 「それなら俺が集めて来るよ。ヘカテイアたちはこの部屋の掃除を頼めないか?」



 「材料を集めるなら私も手伝った方が……」



 「如月は武器を壊してるだろ? 装備品が無傷の俺と案内役のベルがいれば大丈夫だよ」



 如月の本当の強さは装備よりはそのスキルにある。だから多少装備が壊れていても戦おうと思えば戦えるのは確かだ。



 だがそれはあくまでも強敵と戦わなければの話。例えば少し前に戦った結花という炎使い。



 あの時は咄嗟に如月が機転を利かせて何とか勝つことが出来たがその機転がいつまでも通じるとは限らない。



 だから如月とヘカテイアは装備を作ってもらうまで別の作業をしてもらうことにする。



 「そんなに心配する必要ないって……私だってそれなりは戦えるんだよー?」



 「ベルだってこう言っているしな。それに素材を集めるだけ何もSランクの魔物を倒す訳じゃないんだ……問題ないよ」



 「……分かった。二人とも気を付けてね」



 如月の言葉に頷くと俺はタラタラと歩くベルを連れながら素材探しの旅に出るのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る