綾乃の条件

 「本当に……覚えてないの?


 俺の言葉に信じられないといった表情を浮かべる如月。だがいくら顔を見ようと名前を聞こうと思い出せないものは仕方ない。


 というかだ。そもそもの話、俺は現実世界において友達と呼べるほどの人物は存在しない。


 ましてや如月は美少女だ。こんな彼女が知り合いならば忘れるはずがないのだが。


 「図書室で何度か会ったよね。ほら……私……図書委員で」


 「あ……ああ! 思い出した! 確か図書委員でいつも本を借りるときに会話していた!」


 彼女から図書委員という言葉を聞いてまるでパズルのピースが繋がったかのように記憶が鮮明に甦る。


 休み時間。俺はクラスメイトのイジメから逃れるために図書室を利用することが多くなった。


 図書室では一人でも時間を潰せるしクラスメイトの暴力に晒されることもない。


 あの頃の自分にとっては図書室はまさに身を守れる唯一の安全地帯だったのだ。


 その図書室で何度か話したことがあったのが如月という少女だ。


 もっとも話すといってもどの本が好きだとかそういった世間話程度で特段親しかった訳ではない。


 でも俺にとっては唯一気軽に話せる人物だった気がする。もっとも図書室に避難できたのは本当に最初だけ。


 数ヶ月経つとクラスメイトは休み時間が始まるや否や俺を拘束し図書室に逃げられないようにして暴力を振るうようになった。


 それ以来彼女とも疎遠になってしまい元々知り合い程度でしかなかったので思い出すのにも時間が掛かってしまった。


 少し失礼なことを言ってしまったかなと不安になるが彼女は思い出してくれた嬉しさの方が大きいのか笑顔を浮かべて頷いた。


 「そう……ナギトくんは毎日図書室に来てくれて私の話し相手になってくれて……でも突然いなくなって……心配で


 「それはごめん……クラスで色々あったんだ」


 「別にいいよ。だって今はこうして話が出来るから」


 俺にとっては如月は知り合い程度の関係だと思っていた。だって俺は嫌われ者で欠陥品。


 だからこそ友人になりたい奴なんていない。そう勝手に思い込んでいたのだが。


 彼女はこうして俺のことを大切な友人だと信じて心配してくれるそれが何だか嬉しかった。


 「それでお二人が知り合いだったのは分かりましたけど……目的は何なんです?」


 「目的ってそんな言い方は……」


 「綺麗なバラほどトゲがあるって言うじゃないですかー。もしかしたら月下のスパイなんてことも」


 刺のある言葉に俺は食って掛かるが如月はそう批難されること覚悟していたのか特に言い返しはしない。


 勿論ヘカテイアの言いたいことは分かる。俺の知り合いである如月をこちらに潜り込ませて信じ込ませたところで背後を狙うそういう可能性がない訳ではない。


 でも彼女の言葉に嘘が込められているとはどうしても思えなかった。


 「目的は一つだけ……私もナギトくんと戦いたい……彼のギルドに入れて欲しいの」


 「ナギトさんのギルドに……ね。そりゃ私も願ったり叶ったりではありますが貴方ほどの人なら他のギルドに入ってもおかしくないのでは?」


 「……別に隠す気はないから話すけど私は以前にヌーヴェルマリエに所属していたの」


 「ヌーヴェルマリエって月下なみの巨大ギルドじゃないですかー! なんで今更こんな弱小ギルドに」


 「それは……ヌーヴェルマリエが月下と同盟を結んでナギトくんを襲うって聞いて」


 ヌーヴェルマリエは確か学校中のマドンナを中心に作られたギルドで月下に並ぶほどの戦力を誇るギルドだ。


 そのヌーヴェルマリエが月下と手を組んだ。その情報だけで俺たちを青くさせるには十分な内容だった。


 「信じられないなら殺してくれたって構わない。でもギルドに入れてくれたらヌーヴェルマリエや月下の情報を教えるつもり」


 疑うヘカテイアに対してこれまでの弱気な態度とは打って変わって芯のある表情で彼女を見据える。 


 そんな彼女に対してヘカテイアは珍しく思案顔で固まる。恐らくは月下とヌーヴェルマリエの情報と如月が裏切る可能性の両方を天秤にかけているのだろう。


 ヘカテイアの気持ちは分からなくはない。だが俺の気持ちは既に決まっていた。


 もし如月の言葉が真実ならば彼女は俺のためにギルドを抜けてきたということになる。


 ならばそんな彼女を俺たちが拒絶する理由など無かった。


 「ようこそ……ソテルズへ」


 「本当に良いのですか?」


 「ヘカテイア……俺がどうしてお前に協力しようと思ったか分かるか」


 「勿論です! 私が可愛いからですよね」


 「お前な……。俺がヘカテイアに協力しようと思ったのはお前の言葉に信念があったからだ。弱者を救いたい人々を幸福にしたいそういった想いを感じることが出来たんだ」


 実際それは間違っていない。彼女と行動を共にすることで多くの人たちを救うことが出来た。


 だからこそヘカテイアを信じたように今度は彼女を信じたいのだ。


 「俺は如月を信じたいと思う。彼女の言葉にはお前と同じで想いが詰まってる……そう感じるんだ」


 「ナギトくん……」


 「もう仕方ないですねぇ。これは貴方のギルドです。貴方が彼女を信じるなら私も信じます」


 「みんな……ありがとう。私……みんなの役に立てるよう頑張るから」


 「いえいえお気になさらず……ところで如月さんが持っているギルドの情報って何ですか? 仲間になったのですから教えて貰いたいナーなんて」


 何というか悪いやつではないんだけど現金なやつとでも言うべきなのだろうか。


 ヘカテイアはまるで親友とでも言わんばかりの馴れ馴れしさで彼女に絡むとギルドの情報を聞き出すのだった。

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