ダイヤモンドゴーレム

無数のギルドの中でも最大戦力を有していると噂されるギルド『月下』。


 その基地の中で茶髪の少女ーー風鈴が男に向かって頭を下げていた。


 理由は簡単。前日のヘカテイア襲撃作戦に失敗し多大な損害を出してしまったせいだ。


 「二十人以上の部隊で行ってさ……四人しか帰れませんでしたって舐めてるの?」


 風鈴の謝罪に対して紫髪の男が尋ねる。彼の名前は森繁もりしげイズル。風鈴やナギトよりも速い段階で異世界に来た転移者でありエリート集団である月下の団長だ。


 イズルは口調こそは丁寧ではあるがその声色は鋭く怒っているのは明白だ。


 最強ギルド月下は無敗のギルドとして世間から名を馳せている。だというのに今回の任務では僅か二人を相手に二十人以上の被害を出してしまった。


 それは完璧主義なイズルにとって酷く屈辱的なことだったのだろう。


 目の前で謝る風鈴相手にイラついた態度を隠そうともしない。


 「まずは謝り方がなってないよね? やっぱりさ土下座……しないと」


 「うっ…………ぐぅぅ」


 「ほら土下座だよ! 土下座! 無能でもそれぐらい出来るでしょ」


 このギルドにおいて敗北は許されない。風鈴は悔しさに顔を歪めながらも土下座をしようとする。


 だがその瞬間。彼女の顔に激痛が走る。一瞬何か分からなかったが数秒経って自分が蹴られたのだと理解する。


 口からは血がポタポタと流れており目からは今まで我慢していた分の涙が零れた。


 「お、おいおい何もそこまでしなくてもいいんじゃねぇの? そもそも最初にこれだけの被害を出したのは佐竹だ。風鈴はよくやった方だぜ」


 イズルの理不尽な暴力に止めに入ったのは黒髪の少年ーー神成しんじょう伸孝のぶたかだった。


 そんな神成の言葉にイズルは不快そうに舌打ちする。


 「ま、彼氏に免じてこのぐらいにしてやるよ。俺は優しいからねー感謝しなよ」


 「……うっ…………あ、ありがとうございます」


 「ところで風鈴に聞きたいんだが、佐竹を殺した奴はナギトで間違いないんだな」


 風鈴のイジメが終わったところでそれを見物していた鮫島が言い放つ。


 どうやら鮫島はたった二人で部隊が壊滅したことよりもそのうちの一人がナギトという名前であることが気になっていたようだった。


 「佐竹はそういってた……」


 「だとしたら尚更情けないぜ! ナギトはスキルが使えないのさ」


 「スキルが使えない奴にやられただって……!」


 「そ、それだけ装備が強かったってことだろ? 風鈴を責めるなよ」


 「こっちもBランクとAランク装備なんだぞ……」


 風鈴の彼氏である神成がそう言うがイズルは怒りで身体を震わせる。


 そんな彼に対して風鈴はまた身体を恐怖で硬直させるがそれよりも早く凛とした声が室内を響き渡った。


 その声を発したのは黒髪ロングの美少女。青色の瞳にスレンダーな身体をした彼女はイズルに怯えることもなくツカツカと近づいた。


 「わざわざ敗北者を構う必要なんてないわ。それより私たちは次の策を考えるべきよ……勝てる作戦をね」


 「椿つばきか……随分と自信満々じゃないか。だったらお前がヘカテイアとナギトを倒してみろよ。あの無能が言うには攻撃が通用しなかったらしいけどな」


 イズルの言葉に椿はクスクスと笑う。その態度からもかなりの自信が伺える。


 だがそれは当然のこと。実際彼女はこれまで多くのクエストをこなしており対人戦にも優れている。


 だからこそイズルも彼女の生意気な態度を許しているのだ。実力があるものはどこまでも優遇し実力のないものは卑下するそれが彼のポリシーなのだから。


 「どうせ大袈裟に話しているだけよ。それに完璧な装備など存在しないと私が教えてあげる」


 「頼もしい限りじゃないか、それで戦力はどの程度投入して欲しい?」


 「五十人……Sランク装備を複数用意して徹底的に叩いてあげる」


 「良いだろう。それと風鈴……お前も行ってこい。挽回のチャンスを与えてやるよ」


 「わ、私も……?」


 まさか失敗した自分も呼ばれるとは思っておらず困ったような反応で風鈴は返してしまう。


 正直なところ。本当はもうあの冒険者に関わりたくないというのが本音だった。


 Aランク装備の武器を使っても傷一つ与えられず相手の攻撃を前に仲間が次々と殺された。


 それはまるで悪魔と戦っているような感覚。あの冒険者を思い出すだけで血が凍るほどの恐怖を覚えてしまうのだ。


 だがそんな彼女の反応はイズルの反感を買い再び怒りを露にしかけるがそれよりも早く椿が言葉を続けた。


 「貴方はヘカテイア襲撃の時に生き残っている。生き残った貴方だから出来ることもあると信じているの……怖いだろうけど手伝って」


 「あ……はい。私でいいなら」


 椿の発言を聞いてようやく落ち着いたのか風鈴も何とか恐怖を抑えて頷いた。



 「今回の魔物はダイヤモンドゴーレムか」


 古びた城の中。俺はクエスト用紙に同封されてあった魔物の説明を見ながら呟く。


 ヘカテイアと共にAランククエストを探した結果。一番弱そうなダイヤモンドゴーレムにすることに決まったのだ。


 ダイヤモンドゴーレムはその皮膚の硬さからあらゆる武器をも通さないことで有名な魔物。


 主にその生息地は廃墟となった町や古城であり、今回発見があった場所もそういった廃れた城の中だった。


 「ダイヤモンドゴーレムは名前こそダイヤモンドと付いていますがその硬さはダイヤモンドの数十倍とより硬い存在になっています」


 「それだけ硬ければSランク装備でも壊せないんじゃないか?」


 「通常の冒険者の攻撃では効きませんね。転移者ならば拡張力があるので倒すことも出来るかもですがゴーレムが倒れるより先に武器が壊れるでしょうね」


 「どおりで余るわけだ。わざわざ高ランクの装備を壊してまで戦いたいやつなどそうはいない」


 報酬はそれなりにあるのでてっきり良いクエストだと思ったがやはりクエストが余るにはそれなりの理由があるらしい。


 だが相手がいくら厄介な敵であろうと関係ない。俺は自分の目的の為に進むだけなのだから。


 「ナギトさん……どうやら来たようですよ」


 ヘカテイアが話すのと同じくして俺も気がついた。廃墟当然の城の奥、そこから二メートル以上の巨大な結晶体がこちらに向かって突進を仕掛けて来た。


 「向こうから来てくれるとは有り難い。Aランクの魔物がどの程度の実力が確かめさせてもらう!」


 俺は迫り来る魔物に向かってノーマルフォルムのマシンガンを使って迎え撃つ。


 佐竹の鎧をシールドごと貫通したエルピスのマシンガン。それはダイヤモンドゴーレムにも有効なようで放たれた弾は全て魔物の身体を貫通していた。


 「グオオォォオォオッ!」


 「弾は貫通している。だが……動きは止まらないのか!?」


 「銃弾が小さすぎるんです! 来る!?」


 瞬間ダイヤモンドゴーレムがヘカテイアの目の前に現れ拳を振るう。


 ヘカテイアは咄嗟の判断で特殊武装である魔方陣のような障壁を展開するがダイヤモンドゴーレムにとってその障壁はティッシュの紙のようなもの。


 意図も容易く拳は障壁を貫通しヘカテイアの目前まで接近する。俺はすぐにヘカテイアを守るように彼女の前へと移動するとその盾でゴーレムの拳を防いだ。


 ガンという鈍く大きな音と共に凄まじい衝撃が盾越しに伝わった。


 もしもゴーレムの拳がヘカテイアに当たっていれば彼女の身体は砂のように粉々になっていただろう。


 何とか自分が間に合ったことにホッと胸を撫で下ろす。


 「ありがとうございます。態勢を立て直した今なら……!」


 ヘカテイアはゴーレムの背後へと接近して槍を振るう。しかしヘカテイアの装備では倒すことが出来ないのかカキンという音がなるだけでその身体に傷を与えることは出来ない。


 さすがにこれでは攻撃をしても意味がない。ヘカテイアはすぐに後方へと下がる。


 「ナギトさんの銃弾が貫通できるたのでいけるかなぁと思いましたがダメっぽいですねー」


 「後は任せてくれ」


 俺はゴーレムへと接近すると剣を使い軌跡を描く。四方八方あらゆる角度から無数に放たれた軌跡は大やトンより硬いゴーレムの身体を易々と分離させ腕を、足を、身体を無数の欠片へと変化させる。


 気がつけば目の前にはダイヤモンドよりも細かく分解したゴーレムの亡骸とそのコアだけだ。


 「これで任務達成ですねー! いやーかなり強敵でしたけどやはり私たちの連携プレイの前では無力でしたね。あ、ヘカテイアちゃんなにもしてないみたいな野暮なツッコミは無しですよ?」


 「そんなこと思ってないよ。十分に役に立っている」


 俺はヘカテイアにそれだけ言ってコアを回収して城を出ようとする。


 だがそれよりも早く入り口からこちらに向かって駆けてくる足音が聞こえた。


 最初それは俺たちのクエストを奪いに来たギルドのメンバーだと思った。

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