出会い

「どのクエストもこなせそうにないな……」


 町に貼られた掲示板の紙を見て苦笑いする。あれから数ヶ月、俺はこの異世界で一人ぼっちで生きていた。


 アイスローズが援助してくれたのはこの異世界の常識と僅かばかりの生活費だけ。


 てっきり国で雇ってくれるのかとも思ったがそんなことはなく俺たちは一週間の教育期間が終わると同時に町へと放り出された。


 戦力として必要だと言っていたのに随分とおざなりだなと俺たちは内心で辟易したが結局憤りを覚えたところで現状を受け入れるしかなかった。


 「……どうしてこんなことに」


 お腹が寂しげに鳴く。ここ数日、金がなくてまともな物を口にしていない。


 現実世界にいるときはコンビニ弁当ばかりだったけどそれでも栄養が採れるだけ幸せだったんだなということ気づく。


 もっとも現実世界でも親やクラスメイトから暴力を振るわれるしあまり良い思いではないのだけど。


 でもこうして食糧に困っている転移者は恐らくは俺だけなのだろうと思う。


 なんでも噂によるとほとんどの転移者が持ち前のスキルを活かしてギルドを設立あるいは入隊しているらしい。


 この異世界では非戦闘員は農作や建築、戦闘員は魔物退治や悪党退治などそれぞれの役割で稼いでいる。


 だが俺たち転移者は持ち前のスキルと装備を扱える拡張力があるので戦闘員として戦うのが常識となっていた。


 しかしその魔物は転移者の力をもってしても倒すのは難しく装備によっては一番弱いとされているゴブリンやスライムでさえ勝つことは難しいとされている。


 だからこそ転移者たちはギルドを作ったり他のギルドに所属したりして戦っている。


 ギルドからいくつかの班に分けてクエストをこなせば一人でやるよりも安全かつ効率的にクエストを達成することが出来るからだ。


 だから本来一人でクエストを受けるのは愚かの極みでしかないらしい。


 もっともその愚か者は今こうして空腹に悶えながら掲示板を睨んでいるのだが。


 「結局俺は……欠陥品か…………」


 転移者たちがクラスメイトたちがそれぞれグループで固まるなか俺は最後まで必要とされなかった。


 当たり前だ。ただでさえクラスではいじめられており、スキルだって持っていない。


 そんな人間を自分のグループに入れたがる奴などいないだろう。


 結果として俺は半ば世捨て人のように適当に簡単なクエストをこなしては生活を凌ぐという日々を送っていた。


 「ダメだ……ランクが高すぎる」


 今日は俺にとって運が無い日だったらしい。既に十個目の掲示板を見ているというのに自分がこなせそうなクエストがない。


 とはいえこのままお金が稼げなければ飢え死にすることは目に見えていた。


 仕方なく諦めたように別の掲示板へと向かおうとしたその時だった。


 「貴方? もしかして一人?」


 突如として声を掛けられる。少し驚きながらもその方向を見るとそこには一人の少女がこちらの顔を覗き込むような様子で見ていた。


 炎のように赤い髪に紫色の澄んだ瞳。身体は華奢でその雰囲気はどこか幼く感じられる。


 実際子供なのか彼女はグイグイとこちらの距離を詰めてきておりそのあまりにも突拍子のない行動に俺は思わず驚いて仰け反る。


 「な、なんだ……俺に何か用なのか?」


 「あ、ごめん……驚かせちゃったよね! 私はスピナ! 君、冒険者だよね! 今って時間あるかな? あるかな!?」


 「え……えーっと」


 間髪入れない彼女の話に戸惑う。確かに今やることが無いと言えば無いが、だからといって急いでいないかと言われればそれはまた別の話。


 もはや空腹は限界に達しており自分としては一刻も早くお金を稼いで今日を耐え凌ぎたいのが本音だ。


 だから俺としては彼女に構っている暇はないのだが、こちらが何か言うよりも早くスピナはグイグイと話を続ける。


 すっかり彼女のペースに飲まれてしまったところでそんな俺を見かねたのか赤毛の男が話し掛ける。


 「スピナ……これじゃ勧誘じゃなくて押し売りだ。そこの冒険者も困ってるじゃねーか」


 「あはは……ごめんごめん! 人手が欲しかったからつい……」


 自分がはしゃぎすぎていると実感したのか頭を掻いて誤魔化すスピナ。


 そんな彼女にため息を吐きながら赤毛の男がこちらを向き直る。


 「騒がしくてすまねぇな。俺はレイシム……こいつと二人でクエストをこなしているんだが……今回のは二人だけじゃちょいと荷が重い、良かったら俺たちと組んでくれないか」


 どうやら彼女たち二人はパーティーの勧誘の為に声を掛けてきたらしい。


 こちらとしても一人でクエストをこなすより三人でクエストをこなした方が敵を安全に倒せるし難易度の高いクエストだってこなせるようになる。


 だからその話はこちらとしても有難い話ではあるのだが。


 「俺と組むのは辞めておいた方がいい。実際弱いからな」


 「そりゃこの装備ならそうだよー。これって最低ランクの初期装備でしょ? こんなのでモンスターに勝てるわけないよ」


 「……え?」


 「集団で戦うならともかく一人でこの装備だとなぁ。これ軍の配給品だろ? こんなのでよく戦ってこれたな? 誰か仲間とかいたのか?」


 「いや……俺はずっと一人だ。ゴブリンなら……何とか倒してきたが」


 「この装備品でゴブリンをねぇ……」


 レイシムが不思議そうに見て首を傾げる。魔物と戦っていて装備のランクが高くないことは何となく察していたが、どうやらこの配給品はランクが最も低い初期装備のようだった。


 他の転移者は集団で動いている分。魔物を多く倒せるしこういった情報も集まりやすい。


 アイスローズが話してくれた基礎的なこと以外にもこういった情報は逐一で手に入れることが出来るのだろう。


 改めて集団と一人の情報量の格差について思い知らされる。


 「もしかして……アンタ転移者なのかい?」


 「そう……だけど…………なんで?」


 「いやそうでもないとこの装備で勝てるわけないよなぁって」


 「……でもあんまり期待しないでくれ。さっきも言ったけど俺は弱い……スキルだって使えないんだ」


 「あはは気にしないって! 初期装備でこれだけ動けりゃ十分! それに転移者は威張ってばかりで嫌なやつが多かったがお前は違うみたいだしな!」


 「だからさ! お願い! 私たちの為にも一緒に戦って!」


 そこまで頼まれるのならばこちらとしても断ろうとは思わない。


 それに見る限りだと二人とも悪い人じゃなさそうだし、俺の力が彼女たちの役に立てるなら悪い気はしなかった。


 だが俺はその為にどうしても優先しなければいけないことがあった。


 だから俺は了承したい気持ちを抑えて真面目な顔で二人を見据える。


 「一緒に戦って欲しいってのは分かった。だがその前に条件がある」


 「分け前の話なら……」


 「そうじゃなくて……食事だ。ここ数日まともなものを食えてないんだ。だから……分け前より先に食べ物を……」


 懇願する俺に対して二人は顔を見合せながらも快く頷いてくれるのだった。

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