第13話

 最果ての地は、混沌に満ちあふれていた。

 天井にある『明日穴』は、激しく打つ鼓動のように、ひっきりなしに伸縮。



 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォーーーーーーーーーーーーーーーーッツ!!



 地響きを起こすほどのすさまじい蠕動とともに、縦の螺旋を生み出していた。

 その中を、俺は洗濯機のなかの洗濯物のように回り続けている。


 そこに、横の螺旋が加わった。

 ボスがいるドリル上の座席、そこにあるレバーが倒されたとたん、



 ……ギュイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 ドリルは勢いよく回りだし、洞窟の壁を穿ちはじめる。

 まるで、健康な歯を削っているかのような、おぞましい光景だった。


 俺はふたつの螺旋の力を得るように、頭の中を高速回転させる。



 なにか……! なにか、ないか……!?

 あのドリルを止める、最後の手段は……!?



 俺の耳元で、『ないでしょうね』とキッパリした声が。



『ここまで来てしまったら、カウルさんにできることはありません。2分の1で、この人間が生き残ることを祈りましょう。またはこのまま外に逃げて、新しい宿主を探してみてはどうですか? 今度はカウルさんが人間を利用して、使い捨てする立場になるんです。あなたが前世で、多くの人たちにそうされてきたように』



 そ……それだけは絶対にいやだっ!!



 俺は、自分でも思っていた以上に、大きな心の声を上げてしまっていた。

 ルールルも、一瞬ビクッとする。



 だいいち、俺が逃げたら、ルーコとチコはどうなるんだっ!?

 ふたりを置いて逃げるだなんて、できるわけがないだろう!



『まったく、なにを思い入れているんですか。彼女たちは、人体に数多に存在する、細胞のひとつにしか過ぎないんですよ?』



 だから……だから何だってんだ!

 人間だって、地球にいる数多の生き物のひとつだろう!?


 どっちも一生懸命生きてるんだ! そこに、何の違いがあるっ!?

 俺はそいつらを、全力で助けたいんだ!



『またカウルさんお得意の、ソウルメイト(笑)ですか。人間の時ならまだしも、ウイルスになってまでそんな感情を持ち続けてるだなんて、本当に愚劣ですね。そんなに頑張って尽くしても、利用されるだけされて、ポイ捨てされるだけなのに』



 か……構わねえっ!

 俺の大好きなやつらが、それで幸せになってくれるなら……!



『あらあら、本当にカウルさんは、いつもお気持ちだけご立派ですよね。そうやって、糸の切れたパラシュートみたいに、振り回されていることしかできないクセして……!』



 ……ズガァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーンッ!!



 刹那、俺の脳内に雷鳴が轟いた。



 そ……そうかっ! まだ、その手があったかっ!!

 さ……サンキューっ! ルールル! お前、最高だぜっ!


 さすがは俺の、女神様だっ!!



『ちっ……違いますよ。わたくしはカウルさんの女神ではなく、叡智の女神です。だいいち、そんなことを言われても、ぜんぜん嬉しくありません。むしろ、迷惑です』



 俺はそっぽを向く女神をよそに、激流に流されるエイのように身体を翻して、狙いを定める。

 狙うのはもちろん、アレだっ……!



血栓フィブリンィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」



 ……しゅばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!



 俺は初めてこのスキルを使った時のことを思い出すように、ありったけの力を振り絞って、糸を放っていた。

 散弾のようなそれは、あっという間に覆い尽くす。


 ボスの座っている、ドリルを……!



「なんだこりゃ!? 血栓フィブリンじゃねぇか! しかもぜんぶ大ハズレで、俺にはひとつも当たってねぇ! まぁ、当たったところで、ぜんぶ溶かしてやるんだけどなぁ! 残念だったな、ウイルスの坊主っ! がっはっはっはっはっはっ!!」



 腹を抱えて大爆笑しながら、ついでのように天を仰ぐボス。

 しかしその笑いは、俺と目があった途端に凍りついた。



「なっ……!? なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 そこには、無数の糸に支えられ、風を受けて膨れ上がる、俺の姿が……!


 そう、俺は最初っから、ドリルを狙っていんだ。

 そして、血栓フィブリンの糸をパラコードに、俺自身をパラシュートにすれば……。


 『明日穴』が起こす風が大いなる力となりて、ドリルを引きちぎれるっ……!


 血栓フィブリンの糸は頑丈で、いくら引っ張られても切れることはなかった。

 パラシュート全体に広がった俺の顔は、真正面から突風を受け止め、かなりの変顔になっていた。



 ……バキバキバキバキィィィィーーーーーーーーーーッ!!



 足場に固定されていたドリルがすさまじい力で引っ張られ、引き剥がされていく。

 その上にいたボスは、椅子に縛り付けた身体をよじって暴れていた。



「うっ……!? うわああああっ!? やっ、やめろっ、やめろっ、やめろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 まわりにあるパラコードを、なんとかして掴んで溶かそうともがいていたが、ぜんぜん届いていない。

 そうしている間にも、ドリルを支える足場は最後の一箇所となった。


 見ると、残った足場に必死に掴まりながら、ルーコとチコが叫んでいた。

 真珠のような涙が、風に消えていく。



「かっ……カウル君! やめるのであります! そんなことをしたら、カウル君まで、外に放り出されてしまうのであります!!」



「いまならまだ間に合うのだっ! 膨らむのをやめて、元に戻るのだーっ!!」



 俺はふたりに言葉をかけるかわりに、いっぱいに広がった顔で、いっぱいの笑顔をつくってみせた。


 こっちの俺は、そろそろこの国からオサラバするけど、俺はもうひとりいるから、そんなに泣くな。

 いま、衛兵を引きつれてこの洞窟に突撃してきているから、もう大丈夫だろう。


 この『国』がどんなヤツなのか、よくわからなかったけど、きっといいヤツなんだろうな。

 だって……お前たちみたいな、最高の細胞ヤツらがいるんだから……!


 さぁて、そろそろお迎えが来たみたいだ。


 じゃあ、な……!



 ……ゴパアッ!!



 世界のおわりがついに開闢かいびゃく

 外からの光で、『明日穴』は燃え上がるように輝く。


 そしてあたりは、一面の白に満たされていく。

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