第6話 気持ち

一応「失礼します」と一言いいつつ家に入り玄関で靴を脱ぐ。光がひとつもない廊下を歩き、一部屋だけ薄暗いが周りよりは人影のありそうな程度の明るさなのを見つける。ゆっくりと扉を開けて中の様子を確認する。ソファーの上で紗綾が1人でうずくまって泣いていた。俺はその隣にゆっくりと腰をかける。「紗綾、ざっくりとだけど話したい要件は分かってる。ひとまず俺は紗綾の意見を聞きたい。」そう言いながら彼女の肩に手を回しゆっくりと抱きしめる。そして紗綾は俺の胸に飛びつき押さえ込んでいたものを全て吐き出した。「私、アイドル辞めたくない!けど、だい君とも付き合っていたい!もう何がなんだか分からないんだよ!」紗綾は本当に怒っている。そして今の紗綾自身ではこれからの決断は出来ないだろうと悟りこう言い放った「紗綾、落ち着いて聞いてほしい。1度世間に広まってしまっものは仕方がないよ。だからこそ、ケジメはつけよう。一旦俺たちは別れた方がいい。俺はそう思ってるんだ。どうかな?」と…


その後長く沈黙が続き紗綾はずっと俺の胸に抱きついたままだったが突然「別れたくない。だい君と一緒にいたい。気持ちは変わらないんだけどそうせざる負えない状況だもんね。1番辛いのはだい君だよね。」と微かに聞こえる声で俺に言った。胸が苦しい、痛い、心筋梗塞なんじゃないかと思うほど辛い。でもしょうがない。「本当にごめん。俺なんかと数ヶ月一緒にてくれてありがとう。今は辛いけど今まで紗綾と一緒にいた時間は俺の宝物だよ。」と俺は脳みそからありったけの思い出を絞り出して言葉を選んだ。すると「最後に紗綾からのお願い事聞いて欲しいんだけどいいかな?」と、最後の彼女のお願い事を聞くこととなった。「何?」と尋ねると、「夜明けまで一緒にいて欲しいの。今晩だけは…最初で最後の決意表明。」と何も準備していない俺にとってそこそこ酷な願い事だった。それでも最後の紗綾の願い事のために、一晩中止まることなく彼女の今後のために俺は今出せるありったけの愛を彼女にぶつけた。


そして夜も明けて日が昇り始め数ヶ月ぶりに独身男性として街を歩き出した。紗綾との最後に交した、「じゃあね。」という一言が永遠に脳内にこべり付いて離れない。今思えば彼女と出会ってたったの半年でここまでのことがあるなんて誰が想像できただろうか。誰も想像がつかないに決まっている。紗綾は相当ガードが硬かったから彼女側から情報が漏れることはないはず。そしたら俺から情報が流れたということになる。一体誰が…とひたすら長い家路を親に朝帰りしてしまった言い訳と共に考えていた。ただ、そのことを知っていそうな人は1人だけ俺の中でも検討がついていた。少しこの件が落ち着き始めたら俺からそいつに聞いてみようではないか。俺と紗綾の幸せな時間を奪ったのだ。正直許せない気持ちもあるが1度確認しなければならない。

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