山田さんの英雄(仮称)事例 ~カップ焼きそば派の君はまたセカイを見捨てアノマリーヒーローになった店長を夢見るのか

ふややたまよ

第1話 アイアムアヒーローで山田さん。


 まるで巨大要塞を思わせる玉座の背を垂直に貫いた剣を這うように、限りなく個体に近しい、そして言うなれば鈍色に三日月色をかき混ぜたような――永きに渡ってセカイで唯一無二と畏れられた大いなる存在かのものの――組織液なるものが床に達した。


 細部まで見事な彫刻を施した漆黒のマスクから覗く瞳は、自らその魔緑色の光を閉ざす。

 

 己の命運に打ちなびいたのであろうか。

 闇と一体になった大魔道王が、目の前にした人間の男に語りかける。


「与えん 我の全てを」


 今まさに主を失おうとする、だだっ広いだけの王の間は、諦観も敬服も入り交じるその思いをなぞるように、言の葉を静かに反響させた。


 すると、男の纏う鎧がまるで自身が発光体であるかのように、眩い光源を放ちだし、大魔道王までをも包み込んだ。


「光を覆う闇の力。貴様がセカイを創造するすくうのだ」


 その言葉尻をかき消すように、王の間が怒号に包まれるや否や、従順な僕なる魔物達が次々と雪崩れ込む。


 あっという間に男は、鼻息荒く全身血走った魔物共に囲まれた。


「シャディッラウチョピノバ!」 


 男の叫び声とともに天に突き上げられた拳に向かって、魔物達が吸い寄せられたかと思うと、次の瞬間、すべての魔物が部屋の四方なる闇の中へ吹き飛ばされた。


「天命を操るほどの才を持たざる者の行く末を刮目せ」


 そう言い放つ大魔道王は、自らの心の臓を突き刺す剣を引き抜いた。

 かつて人類が耳にした事の無い擬音を響きかせて……。

 

 最後を見届ける男の覚悟が、頬を泪で濡らした。

 

 その男、山田さん。――英雄につき。


※    ※    ※    ※  ※ ※ ※   ※    ※    ※



 会場外観を叩きつける冷たい風と反発しあうかのように、熱気立ち籠める会場内を我が物顔で陣取るLEDスクリーンが、傷だらけの泪顔を大写しにしていた。


『その男、山田さん。――英雄につき。』

 その手書き風のタイトルバック映像が、照れくそうな笑顔にパッと切り替わると、会場全体が拍手に包まれる。


 鎧ではなく、スーツを着た山田さんの姿が壇上席にはあった。


 会場が充分に盛り上がる中、女性司会者が口を開く。


「ご来場の皆様。お待たせ致しました。本日のライブトークテーマ『英雄ヒーローから学ぶ経営戦略。困難からは逃げるな、俺がもらう』のメインパネリスト、勇者コンサルティングビジネス社代表。皆様ご存じ、英雄の山田さんです」


 再びの万雷拍手に、山田さんは右手を挙げ応える。


「今見ていただいたのは大魔道王との壮絶なバトルシーンですが、初の映像化だそうですね」


「本来この映像は公開するつもりはありませんでした。しかし、平和が続くこの時代だからこそ敢えて観ていただきたい。有事はクソする時にやって来る。皆さんへの警鐘、それが英雄として何よりも望むこと。」


 山田さんはそう手練良く応答してみせると、テーブルに置かれたパッケージを滑らせる。

 司会者はそれを手にすると巨大スクリーンをチラ見し、笑顔の隣に並べた。


「素敵なジャケット見えますか?」


 その笑顔のほんの僅かな隙間に見え隠れする“AZATOSA”が、山田さんの柔らかい感覚器官をざわつかせた。

 ある特定の対象者に向けていなければ到底説明がつかない程の、営業に関するスマイルにしてはあまりにも過剰かつ過激なまでの無駄な輝きが、山田さんを刺激した。


「(直接目線を合わせられないんだろ。)」

「(仕方なくスクリーン越しに俺を見つめるんだ。)」

「(大丈夫。心配ない。)」

 

 彼女の秘めた確かな感情を読み取るとその慎ましい貞淑な瞳に、山田さんは自分の瞳を重ねた。


 要するに、山田さんはイマジネーションコネクトを始めたのだ。

 

 もし仮に、イマジネーションコネクトにまだ耳慣れない人がいたら、こう伝えればいい。

 イメージの中で対象者とコネクトすることである、と。

 故に、山田さんは、イベントが大盛況の内に終わった後の『彼女とのコト』を頭で描いてみせた。


※※ALRT!※※※イマジネーションコネクト中の為お静かに願います※※ALRT!※※※ALRT!※※※※ALRT!※※※ALRT!※※※ALRT!※


 盛り上がった打ち上げが嘘のように、静かにワイングラスを傾ける二人。


「名前、聞いていなかったね。」

「ヒーロー様に名乗れる名前なんてないわ」

「無いなら名乗ればいい。奈緒子と」

「なおこ?」

「セカイで一番可愛い名前さ。」

「そうなの? 嬉しい」

「嘘。」

「嘘?」

「セカイで一番、この山田にお似合いな名前さ。」

「山田奈緒子……」

 ワイングラスに向かって呟く瞳はうるうると輝き濡れていた。

 赤らむ頬を隠すようにそっとヒーローの肩にうずめた。


「(この女は俺を狙ってる! 命? 財産? いやいや敵かも! 違う違う、この女は俺に惚れてしまっている。となると、大問題だ。ヒーロー氏を愛した女は不幸になる。彼女を不幸にするわけにはいかない! 傷つけないように、別れ話を切り出そう!)」 


「ヒーローはつらい」

「お疲れなんですね。ヒーロー様」


※※ALRT!※※※イマジネーションコネクトが解除されます※※※ALRT!※※※ALRT!※※※ALRT!※※※※ALRT!※※※※ALRT!※※※



 物理的な感覚器官がイマジネーションコネクトを解除させた。


 ハッとした山田さんが落とした目線の先にあったのは、純度百パーセントの優しさで出来たかのような、手の甲を包み込む確かな触れ合いだった。

 彼女が一瞬、山田さんに身を寄せたかと思うと、耳元へ囁いた。


「お疲れなんですね。ヒーロー様」


 大事なことを言い終え満足したのだろうか、瞬時に仕事の顔に戻してみせた。

 彼女こそが真のプロフェッショナル。山田さんはそう思った。


「本日この会場で購入された皆様には豪華な特典があるんですよね?」


 真摯に応え彼女への敬意を記したい。


「勇者を3分間、派遣しましょう。」


「なんと。憧れの勇者さんを3分も無料で呼べるんですね」


「弊社通常の勇者サービスと同様、NGは一切無し。何を依頼するかはあなた次第。」


「恋人になってもらいます。三分間の恋……」


 さらに彼女は、完璧なカメラ目線で続けた。


「私じゃダメですか?」


「(キターーーーーー!)」

「(公開告白かよっー!)」

「(ダメ、ダメ。ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ……駄目じゃないけど、駄目なんだよ。やっぱりだめだ)」


 外へ漏れでないように、グッとその想いを身体の中に閉じ込めた山田さんが、神妙な面持ちで懸命に話題の矛先を変えた。


「英雄と名もなき者を分け隔てるものは、愛と勇気、そしてそれを信じる心。困難からは絶対に逃げない、もらうんです。」


 所詮、勇者コンサルティングビジネス社なんてのは、名ばかりの、単なる便利屋に過ぎなかった。但し、その魅せ方、そのパッケージ方法に意味がある。セカイを救ったあのヒーローが、勇者を派遣するよ、というていが実に巧妙なのだ。


 勇者なんて、このセカイ、何処探しても、いないのだから。

 

「この機会に是非、絶対的英雄がプロヂュースする勇者をお試しください。勇者は貴方からの下知を待っています!」


 いつもより多めに、話を盛った。

 奈緒子の溢れんばかりの愛が、山田さんの口をグリッサンドさせたのだろう。


 が、

 しかしである。

 いいことばかりは続かない。

 それが世の常、それがモラルさ、である。


 悪魔の声がどこからか降って湧いた!

 

 事実、の声だと分かった頃合には、時すでに遅し。


「ポン酢!」


 意味不明の音声を合図にしたかのように、巨大スクリーンの挙動がおかしくなる。

 ビリビリと映像が崩れ、青白き顔が画面に現れた。

 声の主、悪魔人系魔物、白騎士である。

 ぱっと見、山田さんのような英雄ではない素人目には、人間との区別がつかず、黙っていれば、こちらのセカイ――人々はこのセカイをティキュウと呼称する――で、そのままスクリーンの華になれそうな、ティキュウ基準で言うところの美形な顔立ちを大きな画面に見せびらかした。


「魔道様の呼び出しだ」

 

 今にもそこから飛び出そうかという勢いで、巨大スクリーンから好き勝手に叫ぶ。


 演出なのか、現実の出来事なのか、判断できなかった会場が、次第に、ただならぬ空気を察してか、ざわめきだす。


「白騎士、あの野郎。」


 スクリーンを見つめる山田さんの目に、大魔道王に腹部を一突きされ、倒れ込む勇者の姿が、映った。


 悲鳴とも歓声ともつかないような声が観客じゅうから上がる。 


 慌ただしくスタッフに確認する奈緒子の横で、まるで他人事をアピールするかのように山田さんは椅子を回転させ、巨大スクリーンの中で息絶える勇者に背を向けた。


「何なのよ、これは!」


 演出ではないことを完全に理解した奈緒子が、山田さんに詰め寄る。


「さあ?」


「進行を戻して!」


「俺が?」


「私、この仕事に懸けてるの! 結果を出したいの。そ、そうだ! 三分使う。今使う! お願いっ! ヒーロー助けて!」


 山田さんの、最も優れ、誇るべき点は、その危機回避能力にあるといっても過言ではなかった。この一点突破で、英雄に、時代の寵児に、なれた。

 そして、生涯に渡って支給されるという英雄年金まで貰えるようになったのだ。

 

 面倒は人生を不遇にする。ならば、関わらなければいい。

 だから――――


「ふつうに無理っスね。」


 全力疾走で、ステージを駆け下り、観客の中を突きった。


 山田さんは、逃げた。 

 

 スクリーンの中の白騎士が、その美しく整った顔を歪める。


英雄ヒーロー?」

                             第二話へ続いたり

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