3-3 稼働世界、赤き竜

圧倒的な雰囲気と荘厳な景色にセリは絶句した。

一層の天蓋遺跡の比ではない。人間の手ではおよそ作れない様な巨大な大門がそこにあった。周りにいる人々の数も尋常ではない。

門の前ではあらゆる出店が軒を連ね、あらゆる人種が往来している。

はぐれない様にと、カテラにゼルの腕に紐を括りつけられた理由が今わかった。ゼルは身長が大きいから、自分たち一行がもしはぐれても、見つけられるだろう。

「どうだ、セリくん。これが中央都市だ。世界の真ん中だぞ。大きいだろう」

旅人がにこやかに言う。セリは驚いた顔のまま頷く。

「さて、これからどうするかだが…」「ちょっと待った!」

カテラの言葉を遮り、旅人が口を出す。

「せっかく来たんだ。良いところに泊まりたいだろ。知り合いの店がある。そこにしないか?もちろん宿代は俺が出そう。安心して良い」

「貴方、何処までお節介なの?悪いけどそういうわけには…」「まあ、疑う気持ちも分かるが、同胞に会えて俺も少し喜んでいるんだ。これくらいさせてくれてもいいだろう」

セリの頭にハテナが浮かぶ。同胞とは誰の事だろう。

「少しは滞在するんだろ、それならゆっくりしていけばいいじゃないか」

案内されるがまま、中央都市の西側まで連れてこられた。周りは高い宿泊局ばかりだ。そのまま進んで、その中でも一等綺麗な宿泊局に案内された。

「ちょっと待っててくれ」

旅人が中に入り、何やら局員と話している。そのすぐ後、局員が駆け寄ってきた。

「三名様ですね。あの方よりお話は伺っております。此度はようこそ、ラストパラダイスへいらっしゃいました。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」

深々とお辞儀され、カテラとセリとゼルは客室に案内された。

「旅人さん、貴方は泊まらないの?」

「俺は帰る場所があるからね。まだゆっくりできないのさ。当分はここで過ごせるようにした。ゆっくり楽しんでいくと良い」

そう言うと旅人は部屋から出て行こうとして、こちらに振り返った。

「そうだ。言いたいことがあったんだった。セリくん。君の端末、勝手に弄らせてもらった。機能を拡張したから存分に使ってくれ。それと中にいる誰かさんに…」

「探し物は蒼天の青空の中、だ」

突如、クラウトが端末から姿を現した。相変わらずブレてはいたが、この前よりずっと色濃く映し出されている。

「あんたはどこまで知っているんだ」

旅人の目が細くなり、ここまで来て嫌な笑い方をしてこう言った。

「全部さ」

「…情報提供、感謝する」

「ではね、旅人諸君。いや、とうをのぼる者たち」

それだけ言って旅人は部屋から出て行った。カテラが咄嗟に後を追ったが、廊下にはだれも居なかった。

「何だったんだろう、あの旅人さんは」

「分からん。外面は良いやつだったが、眼の奥は笑っていなかった。良い匂いはしたがな」

ゼルが小さく呟いた。

「はあーあ。考えても仕方ない。これからの用意をしよう。私とセリで買い物に行ってくるから、ニライとクラウトは留守番。いいね。ゼルは別の用事済ませてきて」

「ええーまた私たちは留守番ですかぁ!マスターからも何か言って下さいよぉ!」

ニライが端末から飛び出してきた。平面の映像だけだったはずだが、旅人の改造のせいだろうか、今は立体的に映し出されている。それに物に触れるようにもなっていた。触れた感触がある。

「なんかマスターに触れるようになってる!?わーい!」

はしゃぐニライを無理やり端末に戻し、カテラの提案に頷いた。

「お土産、ちゃんと買ってくるから。大人しく待っているんだよ」

「了解しましたマスター!」

カテラとセリはゼルと宿泊局の前で別れ、商店街に向かった。

両替屋にまず寄って、カテラはどこから集めて持っていたのやら、素材系を全て売り、見たこともないような大金を手にした。

「こんなにいっぱい…どうするのカテラ」

「これから何かと入用になる。とりあえず武器だな…」

セリは引きずられるように武器屋に入った。

「セリ、駆動剣を預けて。もう刃こぼれしてるし」

言われるがまま店主に駆動剣を渡し、カテラが大金を横に置いた。ジャラジャラと聞いたこともない音で大金が積みあがる。

「これで改造もしといて。はい次!まだまだ、やることは多いよ!」

何が何だかわからぬままカテラに引きずられ、様々な店を行き来して大量の品物を購入した。

日が暮れかかった夕暮れ時、ようやく武器屋に戻り、ピカピカに磨き上げられアップグレードされた駆動剣を渡され、宿泊局に戻ってきた。

ゼルは既に帰っており、幾枚もの文字がびっしり書き込まれた紙をテーブルの上に広げていた。

「ゼル、首尾はどう?」

「やはり、おかしい。」

セリは何のことか分からない。ゼルが紙を指さして話し始めた。

「ここの、中央都市の住人が、一層の事を認知していない。ギルドから、情報局全て当たったが、一層の事を知っている者がいない。皆、ここを一層だと思っている」

テーブルの上に置かれた端末からクラウトが現れた。

「中央の情報局まで書き換えられているのはおかしいな。俺も家にデータを送っているがデータが送信すらできない。ニライにも情報局にアクセスしてもらったがそれすら受け付けん。ニライは腐っても傭兵教会の通信端末だ。ある程度の自由は許されているはずなのに…。何処で感づいた?カテラ」

「二層に上がった直後。定期的に送られてた教会の通信が無くなった。ゼルと出会った時くらいかな」

「でも、ゼルは理解してたよね。町の人も」

「うむ。一層の存在は昔から知っていた。入り口も近かったしな。何人かの層渡りが来ているのを見ている」

「じゃあなんで中央都市だけが…」

「誰か、守護人殻の誰かが改竄したんだろう。都合のいいようにな」

「クラウト…?」

「こんな芸当が出来るのはそれしかありえない。奴らは好き勝手していつも俺たちを苦しめる…どうするカテラ」

「私の任務はセリを安全に中央省まで送り届けること。それができないなら、元凶を探し出してとっちめるだけ。それが私のやり方よ!」

「明日になったら皆でギルドに行こう。依頼を受けるふりをして奴さんを誘い出すんだ」

ゼルの案に皆、頷いた。


次の日の朝。セリたちはカテラが買ってきたお揃いのコートに身を包み中央ギルドに赴いた。中央都市に接近している魔獣討伐の任務を受け、依頼場所に向かっていた。軌道列車に乗り現地に向かう中で、話し合っていた時、一人の人物が話しかけてきた。

「貴公らはどこの出身なのだ?同じ装いにしてはバラバラだな。私は北の霊峰スルガの出なのだが」

セリが上を見上げると、狼の顔をした女性の獣人が立っていた。灰色の肌に灼眼が印象的だった。背には長槍を背負っていた。

「みんなハグレモノよ。それでも仲間なの」

カテラが真顔で答える。

「すまない。中央の騎士にしては珍しかったのでつい、な。私の名はハイネル。灼眼の羅狼とも呼ばれている。昔は貴族だったのだが、今は唯の騎士の一人だ」

「灼眼の…どこかで聞いたことがある。たった一人で百の魔獣を討伐したという…」

ゼルが静かに言った。

「よしてくれ、その件はまぐれだ。相手が低級だっただけだ。私の力などちっぽけなものだよ」

「それよりも、貴女に聞きたいことがある」

「なんだ?」

「ここは一層?それとも二層?」

カテラの質問に少し考えた素振りのハイネルはハッキリと答えた。

「何を言っている?ここは一層だろう。中央があるのがその証拠だ」

「分かったわ。変な事聞いてごめんなさい」

カテラはまた窓の外を見ようとしたとき、ハイネルが小さく呟いた。

「だが…ここを二層だという者もいる…まあ、実際は私もその一人だがね」

「…そう。貴女とは仲良くやれそうね。席が一つ空いているわ。立ってないで座ったらどう?」

「これはすまない、失礼する、小さき子よ」

そう言ってハイネルは、セリの横に座った。ふさふさした毛が、セリの腕に当たっている。

「聞きたいことがあるのだけどいい?」

カテラが窓の外を見ながら言った。ハイネルは通路の方を見ながら小さく頷いた。

「中央都市の文明レベルが以前より落ちているのだけれど、分かってる?」

「分かってはいるが、私一人ではどうにもできなかった。レベルが下がったのは君たちに会う数日前だ。いきなり朝起きたらこれだ」

セリの腕の端末からクラウトが小さな姿で現れた。

「君は守護人殻について何か知っているのか?」

「これは驚いた。改編を免れた透明な人に出会えるとは…。まあ、知ってはいる。だが、この階層の守護人殻ではない事だけは確かだ」

「根拠は?」

「二層の守護人殻と知り合いだからだ。この改編で連絡は取れなくなってしまったが、彼でないことは分かっている」

「では聞こう、二層の守護人殻の、いや管理者の名前は?」

「レダ」

「…知り合いなのは本当らしいな。カテラ、こいつはシロだ」

「なぜそう言い切れる?」

「クロだったら、名前を聞いた瞬間消されているさ」

カテラはクラウトを一瞥しまた窓の外を眺めた。

「やけに詳しいなクラウト。お前は何者なんだ」

「物事に詳しい唯の幽霊さ、お節介焼のな」

軌道列車がブレーキをかけ徐々に減速していく。

「着いたみたいだね。ハイネル、君も一緒に来るか?」

カテラが真っすぐハイネルを見つめて言った。

「私にも会いたい人がいてね。力になれるかは分からないが協力しよう」

ハイネルは即答し、カテラに握手を求めた。カテラはそれに応え、立ち上がった。

「よし、まずはこの依頼を終わらせよう。詳しい話はそれからだ」

軌道列車を降りた先は、幾つもの巨大な穴のようなモノが出来ていた平原だった。魔獣の姿はどこにもない。

「魔獣がいないぞ…まさか…この依頼自体が罠か?ハイネル!」

「あり得ない、確かにここは魔獣の発生源があったはずだ!私も数日前に確認している!」

「既に改編が行われているということは…奴さんの手が予想以上に速いってことだ」

クラウトが不意に上を見上げる。

「でかいのが来るぞ!」

皆が上を見上げると、太陽の光の中から、魔獣が姿を現した。

四枚羽の巨大な竜だった。翼をはためかせこちらを威嚇している。

「四元種…赤の…位…」

カテラが呟く様に言った。

経験の浅いセリでも分かる。こいつは以前戦った鎧竜の比ではない。それよりも大きく強大な魔獣だ。

カテラとゼル、ハイネルは既に戦闘態勢に入っていた。

「セリは下がってて」

「僕も戦える!」

「不安定な力はかえって邪魔になるだけだ。ゼルはセリの護衛を!」

「了解した!」

ゼルがセリの前に出る。

「ハイネル、戦える?」

「当り前だ、この槍は、無垢なる民と同胞のためにあるのだから!」

「了解、私は援護に徹する。トドメは…」

「私が刺す!。哀れなケモノよ、我が槍術の前に塵とかせ!」

ハイネルが竜に向かって吠えた。

竜はソレに応える如く巨躯を震わせ、唸り声をあげた。

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