愛しのコロロと約束のC(中編)

「ねえ、コロロ。本当に大丈夫なの?」

「大丈夫ですって。先輩はちょっと後から来てください。私が万が一失敗しても、先輩は巻き込まずに済みますから」

 コロロッチェは踏み出した。向かう先は玄関横の職員室。

 風紀の厳格なる我が学生寮では、生徒が帰省先や町への買い物から戻ってくるたびに、この職員室で荷物の『検閲』を受けることになっている。学業に不要なものの持ち込みを禁ずるのは無論のこと、お菓子は一度に三個まで、漫画は二冊まで等と細かな制限があり、違反すればただちに没収される。

「買い物から帰りましたぁ」

 コロロッチェは窓外のカウンターにスポーツバッグを乗せた。職員室の中では宿直の田村先生がのっそりと立ち上がった。数学の授業は真面目だけどそれ以外はズボラな田村ちゃん、とコロロッチェが評した通り、先生の眼鏡の奥はいかにも面倒くさそうだ。

「おやつは三つまでですよ」

「はい」

 一週間もの暇な日をたった三つのお菓子で済ませというのも酷な話だけれど、コロロッチェは天使のような笑顔で田村ちゃんを見返している。

 バッグの中をまさぐる田村ちゃんの手が、ぴたりと止まった。私の心臓まで止まりそうだった。勝負の時がやって来たのだ。ああ、コロロッチェ! どうか無事でいて!

「――さん」

「はい」

「……汚れた作業着は、バッグに入れっぱなしにしちゃダメですよ。汗臭くなるでしょう」

「はーい!」

 田村ちゃんが眉をひそめながら手を引き抜いた時、私たちの間に勝利の鐘が鳴り響いた。なんて子かしら、コロロッチェ。いとも簡単に検閲を出し抜いた。


 『密輸』は成功した。

「ほうら、宿直のローテ通りなら今日は田村ちゃんだって、当たってたじゃないですか」

 自室の窓を開け放ちながら、コロロッチェは軽やかに笑った。窓から吹き込んできた風がふわりと彼女の髪を揺らした。

「そうだけど、コロロ。……本当に、いいの?」

「もう後戻りは出来ません。あ、でも先輩はまだ出来ますね。何も知らなかったってことにすれば……例えば、今すぐのことを先生に言うとかすれば」

「そんな事しないから! いいよ、コロロ。もうここまで来たんだから、共犯になってあげる」

「ありがとうございます、先輩!」

 とびきりの笑顔をもらって、私の胸は熱くなる。こんな褒美をもらってしまったら、最後まで協力せざるを得なくなる。コロロ。あなたが計算でそれをやっていたとしたら、あなたは本当に妖魔ニンフね。

「じゃ、あとはお湯を手に入れるだけです。晩御飯が楽しみですね」

「そう、楽しみね」

 楽しみ。楽しみな夏。


 高校三年の夏休みと言えば、青春の果実がいっぱいに詰まったトロピカル! あるいは、受験に身も心も削られる地獄。

 たいていの人はそのどっちかだろう。私は違った。進学先も無難に、そこそこ。特に熱くのめり込むこともなく、旅行の計画があるわけでもなく。農場実習の当番で幾日か寮に滞在する他は、ひたすら家で本かテレビに興じているだけの夏。

 そうなるはずだったのに、同室のコロロッチェが同じ日に寮泊だったがために、私の夏には一匙のスパイスが投入されてしまった。

「ここのご飯、農業学校なだけあって結構おいしいですよね。でも、お菓子が週に三つじゃ足りないです」

 コロロッチェはバッグから汗まみれの作業着を引っ張り出すと、くしゃくしゃに丸めたその内側からを取り出した。

「我々には、もっとチープなカロリーが必要なのです」

 彼女は悪魔の笑みを浮かべた。


 規律厳しい学生寮で、夜中にカップラーメンをバレずに食いきる。

 それが我々の『プロジェクトC』。ちっちゃな夏の火薬。

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