第6話魔法使い

私達の活動は続いていった。

グリスグロッサムの研究を続ける上で、私にも精神的な負担「イヴ」は増加の一途を辿っている。


自覚はあった。

だが、それはどうすることもできなかった。


ある日、鉱山に追加の素材を採取しに行った時、


バタリッ


魔剣以外誰もいない真っ暗な洞窟で一人、私は倒れた。


やはり私のせいか


聞こえたのはあの時のグリスの声。

「別にキミは関係ないよ」

少しフラついただけだ。


しかし、その日から少しずつ体調は崩れていき、


スパンッ


ある時アヤにひっぱたかれた。

「大丈夫なフリだけは絶対にするな!」


それでもし死んだりしたらどうするんですか!


「私がしっかり栄養不足支えますから、

しっかり食べて鋭気を養って下さい!」


大好きな人を亡くす方の身にもなって下さいよ!


「恐らくアリエス様はそれだけでこうなっていないことは私でもわかります。

でも、黙って死ぬな!

せめて私のそばで死んで下さい」


最後は泣かれてしまった。

約束してくれますか?

「約束するよ」

嘘でもありがとうございます。


ごめんなさい。研究の邪魔をしてしまって。

そう言ってアヤは隣の部屋へ出て行った。




ところで天岸吾朗あまぎしごろうは実は私と直接の血の繋がりはない。

私はここに養子できたのだ。

元は直系の孫がこの時計塔の管理を継いでいた。


天岸吾朗あまぎしごろうは類稀なる魔力の持ち主で、時計塔が完成すると同時に動力に使われることを自ら志願したのだとか。


だが、あまりに強すぎた魔力は時計塔に余分な能力を持たせてしまい、そこからたっぷり1000年は時が止まっていたのだという。


その1000年を誰が計測したのかはわからず終いだというのにだ。


今回はその天岸吾朗あまぎしごろうに代わる刻鉱石ハイグリードを用いずに単純にシステムだけを異次元災再現のために使う。


あの異次元災が起きた時、空間に穴が開きファーリアが一瞬、えた。

そこから襲来する数多くの紅子結晶リットミールの欠片。


その当時の映像データを分析すると、どうやら滅びたワケではないらしいことがわかってきた。


まず、紅子結晶リットミールは一つとして、塊で跳んできてはいない。

推測にすぎないが、滅びの衝撃ほどでかいものとなれば、元素世界も無事ではなかったはずだ。


その場合は紅子結晶リットミールが砕けた衝撃で元素世界との隔たりもなくなり、世界は紅子結晶リットミールによって滅ぼされたに違いない。


「だが、そうはならなかった?」

私が改めて首を捻ると、

「アリエス様。たぶん始まったんじゃないですか?ファーリア界が」


隣の部屋から戻ってきたアヤが疑問に答えてくれた。


そうとしか思えなかった。


「ちょっと退いて下さい」

泣きはらした目で静かに私の椅子に座るとアヤは何かのプログラムを打ち始めた。


カタカタ


旧式のパソコンには荷が重いプログラムとパーツを数多く積み込まれて、ゴリゴリと聞いたことのない音をさせながら仕事を続けるパソコン。


だが、不思議なことにその音は次第に収まっていく。


まるでアヤに宥められてでもいるように。

「見て下さい。これが当時の異次元災とその時のファーリアの様子です」


たしかに見てみると隙間に映る景色はいかにファンタジーとはいえ、枯れたように広い空間だった。


まだ何も、起きていない。

まだ誰もいない。

生きている空気をそこには感じなかった。


「これは」

アリエス様の思った通り、恐らくまだ何も起きていないんだと思いますよ?

今は知りませんが。


そうだ。あれからもう20年近くがこちらの時間では流れている。

それが向こうでどれほどの時間なのかもまだわかっていない。


_ズレはあるだろうな。

全く同じということはないだろう。

これは行ってみるしかないか。

「とか考えてます?」


うっかりしていた。

アヤに聞かれていた私は

「行くなら行くで構いませんよ?

別に悪いことしようってんじゃないんですから。

ただ、寂しくなるなぁと思いまして」


アヤには身寄りがない。

昨年伯母は亡くなった。

それにアヤはアンシャルだ。

私がいなくなれば、一人でこの研究室にいることになる。

「魔法」でも使えればいいのだが、


「心配しないで下さい」

私の思考に割り込むように話すアヤ。


アヤは何かと口で話す。

人間なら当たり前のことだが、アンシャルにとっては変わったことだ。


だが、その分よく伝わる。

「なら一緒にいくか?」

「やめときます」

即答だった。

この時の細かい感情は口先では伝わってこない。


そこが可愛らしい。

「ば、バカ何言ってんですか!?」

怒りますよ?

慌てるアヤを尻目に私は準備に取りかかる。


自分の体を細分化するのは初めてだが問題ない。

「これより元素分解に入る」

最後とばかりにアヤの頬にキスをして、

のちに真面目に取り組み始めた。


私の体が元素分解される瞬間、アヤの赤い顔が霞んで見えた。


その頬を大量の涙が伝い落ちていた。

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