カナかなダイレクト

アキヅキ

第1話異次元災

 そこはいつもの都内の街並み。

 皆、思い思いの時間を過ごしている平穏な街並み。


ザ ザザ ザ


 見えない何かが、宙空を過る。

人の目の高さほどの位置を小さな石が通りすぎた。

「隕石だ!」

 少年の叫びに人々が反応し、逃げ始めた。


 間に合わない!


 一人、また一人と撃ち抜かれていった。


「って話が何年前の話だっけ?」

「やぁだアヤったらまだ気にしてんの?」

「そうそう、思い出せないなら無理に思い出すことないよ?」


 アヤが思い出そうとしていたのは今の時代の人間が名付けた「異次元災」の記憶。

 のちに判明する異次元、つまりは異世界が存在するという事実と、この現実世界が元素というもので成り立つ「元素世界」であったという事実。


 それが公表されてから異次元に思いを馳せる様々な人の姿。

「怯えて暮らす者」「憧れる者」「興味を抱く者」

 その中には研究を始める者もいた。


 が元からここ元世に暮らしているアヤたちにはさして関係のない話で、、

「今度さテストあるじゃん?」

 日常は今もつつがなく続いていた。


 実はアヤはその異次元災を生き残った唯一の人間で一度異次元から跳んできた石に頭を貫かれたはずだったのだ。

 母親に庇われ母親ごと貫かれていた。

 母親はそれが原因で絶命したのに、自分は何故か生き残った。


 アヤは今でもそのことを気にしていた。

葬式にも身が入らず上の空で、気づいた時には全て終わっていた。

 その姿を他人は勝手に誤解して「可哀想」だとか様々な言葉で自身にも置き換えたが、アヤはそれに気づくこともなかった。


 それから3年。

 アヤは親戚の家に引き取られ通院を繰り返しながら中学に通っていた。

 その経緯も何もかもアヤの記憶からは抜けていた。


 _流石におかしい。

 そう思った叔母が通院をすすめてくれたのだ。

 一年に一回ほどのペースで通い、特に異常がないことを確認して帰ってくる。

 そんな生活を繰り返していた。


 そこからさらに5年、アヤはついに検体に選ばれた。


 私は早くからその病態に気づき、叔母に了解を得てアヤの身体を調べることにした。

 彼女の体は細胞レベルの活性化により経年劣化していないことが判明したのだ。


 寧ろその逆を行っていた。

 結果としてそれは見た目に現れることもなく、身体能力も向上し続けていた。

 そうそれはまるで「不老不死」のように。

 アヤとの面識はなかったが、叔母とは面識があった私は意外にすんなり了解を得ることができた。


 さらに調べてみると不思議なことに気づく。

 異物であるはずの石は簡単には体外に出るはずがない。

 勿論石はそこにあった。


 すっかり体に馴染む形で。

 おかしいと思った私はすぐに異次元災の起きた現場に向かった。


 具体的に何がおかしいかというと、勿論レアメタルである石は有害なはずで、そんなものが人体に有益であるはずがなかった。


 現場で地質調査をするために手回り品を揃え向かう道すがらカーステのラジオからニュースが聞こえてきた。

「はい。今現場に来ております。こちらは 元々繁華街だったはずですが、今は一つも建物が見当たりません」

_何だと?

 私は慌てて音量を上げる。

 都内でも有数の繁華街とされていたそこはそんなことになっているのか。

「ですが、代わりというようにこちらには水晶でしょうか?

ガラスのお城が中央に建っています」

_何だガラスの城ってのは?

「不気味なほど静まりかえってますね」

 やめろ。そういったとこには長居しない方がいい。


ガタッ


「?」

 ラジオだというのに現場の空気がここまで伝わってきた。

 少し音量を絞って運転に集中する。

 交差点を越えて曲がり角をいくつか越えたところで、私はその結果を目撃することになった。


 今のアヤくらいの年齢の女性が特に何も身につけず、私に背を向ける形で立っていた。

「人間、、なのか?」

 肩越しに振り向いた顔がうっすらと笑った。

 背中からは両対一翼の翼が大きく開いた。

右アキレス腱の辺りが切れていたが、見る間に治っていく。


 その姿を見て人間ではないことを私は悟った。

 並の人間ならばそれを見て恐怖したであろうが、私は「アレ」を調査しに来たのだ。

 交渉に移る。


「申し訳ないが、この辺りで人を見なかったか?」

 車を出て手を上げ、降伏のサインが伝わるかはわからないがやってみた。


ドサッ


「コレのことか?」

 ショートボブのイマドキの女性が投げ捨てられた。

 マイクは最後まで離さなかったようだ。


_そんなことより命だろ。

 わりに合わん仕事お疲れさん。


 頭の中で黙祷して本題に入る。


「それよりアンタ、ここで何を?」


 私の問いには応えず、大きく伸びをして彼女はこちらを振り向いた。

 並の男なら騙せたであろう胸は豊かに揺れて、女は面白そうに笑い声を上げた。


「知ってるよ?アンタ研究員なんだよね?」

_これもあの石のせいか?

 私はまだ何も教えていない。

 それなのに素性が割れていた。


 覚悟を決めて前に出る。

「そうだよ?私はここで起きたことを調査しに来たんだ」

 足元のリポーターを足で小突き、聞いている様子はなかった。

「他にもキミみたいになった人はいるの?」


いるよ。


 頭がズキッとして声が割り込んできた。

その瞬間目の前をひとひらの羽根が舞い散った。


_つまらないことに使うな。


 実はこの新しく生まれた生物に、我々研究者の間では既に名称が決められていた。

 アンシャルリコードと。

 研究者の名前の頭文字とってつけた名前だそうだ。


 私はその会議には参加できなかった。

 そのアンシャルリコードは羽根ひとひらと引き換えに一度「魔法」を使うことができる。


 体内を巡るソーマブリンガーと回数は関係するが詳しいことはまだこれからだった。

 この5年、アヤの体の研究から知り得た数少ない内容だった。


 実際に「魔法」を視たのはこれが初めてで、もっと感激しても良かったのかもしれない。

 だが、人類はその恩恵を享受できるほど余裕は残っていなかった。


「ねぇ、聞こえてるの?」

 うわ、いくらアンシャルでもそんなカッコで迫るな。


 何もつけていない。

 つまりそういうことだ。

 私は女だが、だから構わないというワケではない。


 むしろ何か着ろ以上だ。

「このカッコ、慣れると開放的でイイよ?」

 慣れたくはないものだな。

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