第6話 「身代金が余るって台詞初めて聞いたよ」

 『身代金が余りました』。


 そう書かれた旗が立てられた、異様なリビングだった。無駄に長い机にコルティ家の面々が集められ、皆一様に大人しく着席している。

「えー、諸君! ペトリーナの無事が確認され、犯人を現在追跡中だ。ならば次に考えるべきはこれだ!」

 一人立つズォリアは大声で宣言した。この家のリーダーの発言に、全員が集中して耳を傾けている。

「余ったお金、どうしようかの」


 ……………………。

 ん?

 ちょっと理解が追いつかない。

 異世界から彷徨って来た非常識な田舎者の戯言と罵ってもらってもいいんだが、この状況は一体何だ?

 会議か? もしかして家族会議が今始まってるのか?


「神官! それはペトリーナ姉さんと交換する予定だった身代金ですか?」

 細身の少年が挙手して質問した。この場には俺の知らない子供達が何人も座っている。ペトリーナの孤児院の子だろうな。

「その通りだ! だが君達が知っての通り、ここにいるアレイヤ君が単身で誘拐犯共の拠点に乗り込み、見事ペトリーナを救い出してくれた! おかげで身代金を払う事なく、ペトリーナは帰って来れた訳だ!」

 ズォリアは俺に手を向けて言った。子供達の驚きと尊敬が混じった視線が一斉に集まり、拍手まで起こった。正直照れ臭くて、どんな表情をしたらいいか分からない。

「あはは。どうもどうも」

「兎にも角にもペトリーナが無事で良かった! だがワシは身代金を払うつもりでいた。国王にも連絡し、超特急で集めたこの金、1000万シル! 集まっちゃったものは仕方ない! 捨てる訳にもいかんしな! どう使おうか!」

 ズォリアは馬鹿でかい袋を担いで机に乗せた。袋を開くと札束の山が目を奪う。これがこの国の紙幣か。圧倒的な質量と、周囲の子供達の爛々とした目がこの現金の価値を示していた。


 余った身代金の使い道。それを決めるための家族会議。

 なるほど。現状は理解した。珍しさ極まりない状況に困惑はしているけど。

「あ、あのお父様。今王様にお伝えしたと仰いましたけど。もしかしてこのお金……」

 ペトリーナが恐る恐る尋ねると、ズォリアは堂々と答えた。

「税金だ」

「やっぱりー! 駄目ですよお父様! 身代金に税金を使わせるなんて!」

 ペトリーナは勢いよく椅子から立ち上がり父親を叱責した。ズォリアも負けじと「何を言う!」と反論した。

「宮守の一族が国にとって重要か、お前は知っておるだろう! お前は国の宝なのだ! 国民の血税の使い所だぞここは!」

「社会のために使うお金を私のために使わないで下さい! って言うかよく王様は出して下さいましたね1000万シルも!」

「それはまぁ色々とな。アレをアレしたりとか」

 何だよアレって! 王様相手にどんな交渉術使ったんだ? 真顔で言うな怖い怖い!

「もう! お父様のばか! 汚職神官! 金銭感覚未成熟! もう知りません!」

 ペトリーナは罵倒を並べてこの場を去った。言われたズォリアも負けじと反論して無礼な娘を叱る……事は無く、口をぽかーんと開けて突っ立っていた。

「ペトリーナ……ペトリーナが、ワシの悪口を……。わ、わ、わる、悪口、悪口を」

 ズォリアは微動だにせず去りゆくペトリーナを見つめていた。子供達は不安げに声をかけるが反応は無い。あからさまにショックを受けていた。

「全部本当の事だから尚更辛い……。あんないい子だったペトリーナが……。そんな言葉どこで覚えた?」

 馬鹿は否定しないんですかお父様。

「でも怒った顔も可愛いな我が娘……。ますます母親に似てきおって」

 あ、否定出来ませんねお父様。


 ズォリアが虚な目で「今日はもう解散で」と宣言し、会議は一切実りが無いまま終了した。首を傾げる子供達を横目に、俺はペトリーナの後を追った。

「なぁ、ペトリーナ! さっきのは言い過ぎだったんじゃないか? ズォリアさん半泣きだったぞ」

 いや言い過ぎではないけども。ズォリアがあまりにも茫然としているもんだからペトリーナが過剰に罵倒したみたいになっている。

「……そうですね。あんなに怒るつもりは無かったのに」

 ペトリーナは足を止めて壁に背中を預けた。

「国民の皆さんから集めた税金が私のために使われていると思おうと、とても申し訳無い気持ちになって。それで、つい感情的になってしまいました。お騒がせしましたね。すみません」

「あ、うん。冷静になるの早いな」

 誘拐された時にもパニックにならないのに、見ず知らずの国民のためにあんなに怒れるんだな。ペトリーナはつくづく優しいと言うか….他人を大切にしすぎて自分に無関心になってそうで怖い。

「後でお父様には謝らないと。お金も王家にお返しするようお願いしておきますわ」

 ペトリーナは廊下をズンズンと進んだ。親子喧嘩が尾を引きそうにはなくて安心した。拗れてめんどくさい事にはならないだろう。


「アレイヤ君……」

 囁くような掠れ声を耳にして、ふと足元を見るとズォリアが体育座りしていた。

「うぉおっ!?」

 何だよびっくりしたなぁもう! 大柄なおっさんが死人みたいな表情で体育座りして見上げてきている光景の衝撃がお前に分かるか!

「声……大きいんだな君」

「いやあんたの声が小さすぎる! どうしたんですか昨日まで獣の咆哮みたいに大声だったのに!」

「ワシだっていつも元気で居られる訳ではない。汚職神官だって人間なんだから感情の緩急があってもいいだろう」

「テンションが天地の差……。さっきの尾引きすぎでは? ってかペトリーナ向こうに行っちゃいましたよ」

「見てたわい。ふん。ワシと一緒にいたらペトリーナは不機嫌になるに決まってる。どうせワシは父親失格なんだ。死んで欲しいと思ってるだろう」

 うわ面倒になっちゃった。拗らせに拗らせてるな。

「そんな訳ないでしょう。ペトリーナは優しい子ですよ」

「昨日知り合ったばかりの男が知ったような口を利くな! 何だお前彼氏面かぁ!? 許さんぞ娘はまだ嫁にやらん! 少なくともワシより強い男でなければコルティ家の婿になれんぞ!」

「急に大声出さないで下さい! 情緒不安定ですかあんた!」

 豹変して鬼のような形相になったズォリアに釣られて俺も大声で対抗してしまう。テンションの上げ下げが激しくて聞いてるこっちが調子狂う。

「はぁ……ワシはこれからどうすれば。完全に嫌われた。この間まで『お父様と結婚する〜』って言ってくれたのに」

 その『この間』って10年以上前ですよね絶対。子供は親が思うより早く変わっていくものですよお父様。女の子はわりと早い時期に、父親が王子様じゃないと気付くんですよ。

「お金……どうしようか。もう何もかもどうでもいい……。金なんて適当に使えばいいだろうが」

「いや税金。あれ税金ですよ」

「全部サイコロ賭博に使おうかの」

「やめて下さいペトリーナ泣きますよ」

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