第5話 俺の目指す道

 「魔法属性:-」。これが俺のステータスだ。要するに俺は属性魔法に全く適性がないということになる。現状使える可能性が残っているのは無属性魔法と、固有魔法の【衝撃】だけだ。

 全ての人には必ず適性のある属性があるのに、なぜ俺だけがそうではないのか。その答えの手がかりになるのは、俺と俺以外の人間との違いだ。俺はこの世界とは違う、前世の記憶を持っている。おそらく、そのことが関係しているんだろう。きっと魂には詰め込める情報の許容量みたいなものがあって、俺の場合は前世の記憶があるから、本来なら魔法属性の情報を書き込むべきメモリを潰してしまっているのだ。

 だとしたらいくら悩んでも無駄である。ならそれはひとまず置いておき、今は俺の使える魔法について考えよう。


 【衝撃】に関してはまず間違いなく使えるだろう。というか、そもそも使えないならステータスには表示されない。表示されているということは逆説的に使えるということだ。

 無属性魔法に関しても、おそらく使えるのではないかと踏んでいる。というのも、魔力操作のトレーニングを一年半ほど既に行なっているという前例があるからだ。魔力操作に全く向いていなかったり、そもそも魔力が無かったりするんであれば、なるほど確かに魔法は使えないかもしれない。だがあそこまで緻密に魔力操作ができて、なおかつ魔力量はオヤジの1.5倍だ。魔法を使えないほうがおかしい。

 てなわけで、俺は無属性魔法と固有魔法を鍛える方針に決めた。魔法の使い方も【衝撃】の使い方もわからないが、おそらく魔力をどうにかコントロールするのだろう。両親はまだ魔法なんて教えちゃくれないだろうし、その両親に雇われているアリサもそれは同じだろう。

 ならば俺のやるべきことは一つ。まずは字を習って、そして「魔法大全 基礎編」に取り組み、独学で魔法を勉強するのだ!


「あいさ」

「なんですか?」

「じ、おしえて」

「文字を、もう学習したいんですか?」

「うん」

「うーん、そうですね。専門的なことならともかく、文字くらいなら私にも教えられると思いますし……。うん、わかりました。では教えて差し上げましょう!」

「あいがと!」


 この日から毎日お昼に1時間ほど、アリサとのお勉強が始まった。まずは基礎的なアルファベット(のようなもの)に始まり、複雑な文字(多分、日本でいう漢字にあたるんだと思われる)、記号、そして更に複雑な全く別系統の文字を学習する。


「あいさ、このむゆかしいのなに?」


 勉強を始めて数日後。俺は疑問に思ってアリサに尋ねた。この全く別系統な文字が一体何なのか、皆目見当もつかなかったのだ。英語を勉強していたら、突如としてサンスクリット語が出てきたようなもんである。


「これはですね、ルーン文字と言って、魔法を使う時に必要な文字なんですよ。と言ってもこれは日常生活で使うような初歩中の初歩の文字なんですけどね」

「ほー。るーん」

「なんでも、古代魔法文明の時代に使われていた力ある文字なんだそうですよ」

「へえー」


 ルーン文字なら地球にもあった。古代ゲルマン系の文字らしくて、北欧では比較的最近まで使われていた、とかなんとか。もちろんこの世界のルーン文字は地球のそれとは全く別物だ。だが古代には使われていた、というのが何とも似通っていて面白い。


「私も詳しくはないんですけどね。魔法には何種類か使い方があるみたいです。魔力を操作するだけのやり方と、魔法陣を使うやり方と、あとはこのルーン文字を使うやり方。呪文を唱えるのも、このルーン文字の派生だって聞いたことがあります。……なーんて、魔法は素人なんで一般常識程度しか知らないんですけどね。ご当主様か、奥様に訊かれたほうが詳しく説明してくださると思いますよ」

「うん、こんどきいてみゆね」

「それじゃあ、続きに参りましょうか」


 疑問が解消された俺は、スッキリした気分で再び勉強に取り掛かる。もう簡単なアルファベット程度なら大部分は覚えたので、最近は子供向けの本を読んでいるのだ。細かい文法やら言い回しやらは、こうして本を読んで覚えていくつもりだ。基礎文法は日常会話で既に頭に入っているから、そんなに難しくはない。語学の学習は日々の積み重ねが全てなのだ。



     ✳︎



 そんなこんなで四年が過ぎた。もう俺は六歳で、言葉もペラペラだ。滑舌もある程度改善してハッキリと喋れるようになってきたし、文字もバッチリである。

 魔法のほうも大成長だ。日々の魔力操作の訓練に加えて、魔法の理論や使い方もしっかり身につけている。「魔法大全」も、「基礎編」「標準編」「応用編」とある中で、既に「応用編」まで進んだ。残り四分の一くらいで「応用編」も終わるし、気がつけば俺はだいぶ魔法が使えるようになっていた。

 あと、やはり独学は難しかった。魔法に関してはアリサは頼りなかったので、最初は独学で頑張ろうとしていたが、どうにも魔力を魔法に変換するのが難しかったのだ。

 そこで母君にお伺いを立てたところ、もう魔法に興味があるのかと驚かれてしまった。文字も書いてみせたら、更に驚かれた。

 それが災いして家庭教師をつけられてしまったのだが、流石、名門貴族に雇われるだけのことはあり、どこぞのメイドとは違って皆教えるのはたいそう上手だった。そのメイドことアリサは、俺の才能を発見したとかで両親にメチャクチャ褒められていた。おかげでアリサは俺の専属メイドとして正式に配属が決まり、異動も無くなったので、俺としても慣れた人がそばにいてくれるので助かった。


 さて、この四年間で俺は随分と成長した。そのステータスがこれだ。


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エーベルハルト・カールハインツ

・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイト

生命力  :126/126

魔力   :23298/23298

身体能力 :42

知力   :131

抵抗力  :96

魔法属性 :―

固有魔法 :【衝撃】

固有技能 :【継続は力なり】

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 全体的にステータスが随分と伸びた。生命力やら抵抗やら身体能力やらは特にそれが顕著だ。2歳児から6歳児。乳幼児から幼児への進歩はデカイ。少なくとも風邪やら怪我やらへの抵抗力は確実に向上した。中世の平均年齢を大きく下げる要因の、高い乳幼児死亡率にはもうそろそろ怯えなくても済みそうだ。もっとも、実家が貴族なので衛生面でその辺の農民に比べたらよっぽどアドバンテージはあるんだけども。

 魔力も相当伸びた。四年間、毎日修行していたので、伸びないほうがおかしい。既にオヤジの6倍近い魔力量だ。魔力操作で日頃から隠蔽しておかないと、そろそろ身体から漏れ出す魔力圧だけで一般人でも落ち着かなくなるレベルだ。もっとも、両親には何となくバレてるくさいが。伊達に凄い魔力を持っているわけじゃない。凄腕の魔法士(この世界では魔法使いのことをそう呼ぶらしい。魔術士みたいな感じかな、と思っている)らしく、俺の隠れた才能を看破しているようだ。


 この四年間で変わったのはそれだけではない。なんと、弟と妹が生まれたのだ!

 父ちゃんも母ちゃんも若いし、さぞ毎晩盛ってんだろうなぁと思っていたら、案の定ポンポン生まれた。俺が三歳の時に弟が、そして五歳の時に妹が生まれた。それぞれ弟が三歳、妹は一歳だ。姉が二つ上にいるので、これで四人兄妹になった。この時代にしては少ないような気もするが、まああと二、三人は生まれてもおかしくないと思う。というか生まれるだろう。なんでわざわざ子供に一人部屋を与えて両親だけ別の寝室があるのか。言わずもがなである!


 なんて、明るい家族計画について考えていたら、部屋のドアがノックされる。今は自習勉強の合間に考えごとをしていたのだ。家庭教師の先生がお見えになったのかな? 今日は特に予定は無かった筈だが。


「ハル様、いらっしゃいますか?」


 アリサの声だ。


「うん、いるよ。入って」

「失礼します」


 ガチャ、と扉が開き、アリサが入ってくる。あれから四年。当時はまだ若干幼さが残っていたアリサも、今ではすっかり大人の女性だ。多分二十歳くらい。前に年齢を訊こうと思ったらはぐらかされてしまったので、正確な歳は知らない。


「昼食のご用意ができましたので、お呼びに参りました。あと、お父様とお母様がお呼びです。食事の後にお話があると思います」

「話? 何だろう。裏庭のイタズラがバレたかな?」

「いえ、怒っている感じではなかったので、叱られるわけではないと思いますが……。というか、裏庭のイタズラって何ですか。後片付けをするのは我々使用人なんですよ!」

「別にイタズラって言っても悪質なのじゃないよ。ちょっと魔法の練習で大穴を開けちゃっただけさ」

「十分問題ですよ! 危ないですから、あまり無茶はなさらないでくださいね」

「んー、鋭意努力する」

「まったく、反省の色が見られませんね……」

「それより飯だ。俺は腹が減った」

「ええ、参りましょう」


 流石は辺境伯家、料理の水準もたいへんに高く、現代日本の食事を知っている俺でも十分に満足のいくクオリティとなっている。おかげで毎日の食事が楽しみで、食べ終わったら毎回料理人を褒めているが、どうやら彼らにとってはそれがモチベに繋がるようで、日々味が向上するので俺としても大満足なのだった。

 階段を降りて廊下を進み(この四年で部屋の位置も変わって、今は二階に俺の部屋がある)、食堂へ向かう。食堂には両親、姉、弟、妹と、俺以外の家族全員が揃っていて、どうやら俺が最後のようだった。


「ごめん、お待たせ」

「いや、構わん」


 オヤジことファーレンハイト辺境伯家当主、カールハインツ・クラウス・フォン・ファーレンハイトがそう告げる。確かに物々しい感じはしない。いつもの威厳がありつつどこか優しい感じのオヤジそのままだ。


「では、自然に感謝を」

「「「自然に感謝を」」」


 これは日本でいう「いただきます」のようなものだ。欧米でも食事前に「アーメン」とか言うだろう。

 今日の昼食のメインは領内で獲れた山鳥の煮込みシチューと、これまた領内で収穫した上質な小麦で焼いたふんわりパンだ。サイドメニューに高級レストランとかで出てきそうなサラダと、ローストビーフっぽいもの(牛じゃないから厳密にはビーフではない。でも牛っぽい生き物だ。例え鉄の角が生えていても!)が数切れほど。昼からこれだけのメニューが出てくるんだから、お貴族様って最高〜!

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