第三話 若侍は忍びの腹を探る

 薄暗い店内を見回して、

「ほへえ」

 と、若侍が呆けたような声を上げたので、みぎわは、表には出さずにほくそ笑む。

 願った通りの反応だ。

 うみなり屋の中は、一種の異界である。

 天井まで届く棚の上から下まで、右から左まで、ぎっしりと素性定かならぬ品々が居並ぶ。

 つぎはぎだらけの着物がかかる裏には城持ち大名が娘に持たせた婚礼道具の漆塗りの小箱があり、いわくありげな古鏡は真向かいに鎮座する太刀を写して怪しく光っている。

 高価な仏像や書画の類から、歯の欠けた犂まで。

 おおよそ日本国に存在する品物のうち、うみなり屋の中に無いものは無いのではないかと錯覚させる乱雑な品揃え。

 うみなり屋とはいわゆる、質屋なのである。

「何やら、すごい」

 若侍は首をうんとのけ反らせて言った。

 みぎわは、努めて丁寧に相槌を打ち、そして若侍の美しい顔をしげしげと見る。

 年のころはまだ二十歳に届かぬだろう。

 腰に佩いた太刀は装飾の少ない無骨な一振りだが、これがまったく似合わない。

 戦場往来よりは舞台稽古の方が適任と思われる妙ななまめかしさすら感じる。

 まげの結い方が綺麗だ。

 先の方が見事に切りそろえられている。

 何処かの若君かもしれない。

 のけ反っていても喉元のあたりに気品があった。

 みぎわは若侍を減点しようと思う。

 顔が良いのは嫌いだ。

 生まれが良いのも好きではない。

「左様でございましょう。ささ、太刀はこちらに。狭い店でございます故」

 みぎわは丁寧に太刀を受け取り、店の奥に設えられた座敷に若侍を導く。

 きょろきょろしながら若侍はついて来る。

 手の中の鞘にいくつもの傷――実戦でついたらしきものを確認しながら、みぎわは若侍の注文を想像していた。

 若侍は何も持たずに来た。

 ということは、売るほうではない。

 おおよそこの手合いが欲しがるのは教養を得るためのものか、座敷の格を高めるようなものか、茶席で自慢するためのものか、三択である。

 さあどれだ。

 みぎは刀掛けに無骨な青鞘の太刀を置きながら、上座にすとんと胡坐をかいた若侍の涼やかな姿を横目に見ている。

 そうして当然という気負いの無さが、これまた若侍の生まれの良さを無言のうちに示していた。

「さて、本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます」

「いや」

 若侍は律儀に言葉を選び、

「間もなく宵になると言うに無礼をいたす」

 武士が商人に謝るなどとは思わなかったので、みぎわは少々意表を突かれる。

「商売人に寝る間などございませんよ」

「うむ」

「そのう、道に迷い申してな。もう少し早う着く予定だったのだが」

 斜めに鋭く切り込んだ夕日が窓から座敷を照らし、軽く頭を下げた若侍の頬を、恥じらいと重ねて赤々と染めた。

「拙者、涼森梅太郎と申す」

 ぷ、と笑いそうになったのをみぎわは我慢する。

 この眉目秀麗な顔にウメタロウという響きが頓珍漢でどうも笑いを誘う。

 折角の美形が台無しわやだ。

 育ちは良いが貧乏武士、あるいは公家と混血した手合いかもしれぬ。

 梅と言うなら松竹梅の三番手であるからして、適当に放り置かれて自分で手柄を立てようと躍起になっているのかも。

 そういえばこの若侍、供も連れずに来た。

 何か余程窮したことでもあるのだろうか。

 そう、みぎわは見積もる。

「此度、うみなりや殿のお力をお貸しいただきたくまかり越した次第」

 梅太郎は背筋をぴんと伸ばした。

 みぎわも何となくつられて、姿勢を正す。

 そうさせる、形のない影響力のようなものを、この時の梅太郎は放っていた。

「単刀直入に申し上げる。虎の爪をご存じではないか。石――なのであるが」

 不覚ながらみぎわは死ぬほど驚いた。

 虎の爪というモノ。

 それが恐らく、みぎわの盗んだものだから。

 みぎわは、それを盗んだことでこの店の主の地位を得た。

 よりにもよって探られたくない腹の一番奥に、若侍は手を伸ばしたのである。

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