結果発表の儀

 テスト明け後の部室で、杏子は一人ひとりに深々と頭を下げていた。


「お世話になりました」


 答えを波濤と照らし合わせ、概ねの点数が分かったのだ。


「そしてまた、お騒がせしました。今後ともひとつ、なにとぞ。特に水里センセイ」


 見込みで60点近くを獲得した杏子は、椅子に座って足をバタバタとさせた。犬のしっぽと同じである。


「5、60点かあ。数学でこんな点数取るの、いつ以来だろう!」

「良かったなあ。私よりいいじゃん。次回は私も大センセイに教わろうかな」


 稲穂は、大センセイの労力は気にせずに特訓を志願した。目線だけ波濤に向け問いかける。


「ていうか、見込みで何点? 大センセイは」

「多分95点以上」

「ヒュー!」


 普通のことと言わんばかりの波濤の態度に、できの悪い二人の女子はヒューヒューとはやし立てた。


「ちょっと、大センセイったら格の違いをアピールしてますわよ」

「照れ隠しですわよ、大センセイなりの。オホホ、オホ」

「横綱じゃないんだからガッツポーズくらいしてもいいんじゃないかしらね」


 湘南のエセマダムと化し「カフェオレ、シルヴプレ」などとはしゃいでいる二人の答案を横から覗き見したあやめが、部室の空気を変える一言を放つ。


「水里さん、今回のテストって難しかったです?」

「普通だった。ああ、やってみたんだ。種田さんは予備校で学んだの?」

「いえ、センパイが苦労しているのを見て、知人から2年の数学の教科書を借りてました。怖いから予習しておこうと。水里さんのちょっと下くらいの点数でした」


 目をパチパチとさせながら杏子は裏返った声を出す。


「あ、あら、あらまあ。あらあらまあまあ。あやめちゃんったら、一学年上の数学を解けるなんて、嘘おっしゃい」

「いや杏子、あやめは頭いいって誰かが言ってた。私達よりスペックが上の可能性は高い」


 先程までの威勢はどこへ消えたか、マダム用バカ梯子を外された杏子は屋根の上にぽつんと取り残された。あやめは屋根から降りられない哀れなマダムに石をぶつけ続ける。


「そんなに難しくは感じませんでしたけど」

「あ、あ、あやめちゃん、それはわ、わた、私があやめちゃんより確実にバカってことを言いたいのかな?」

「あ、いえ。そんなつもりは全くありません」


 この娘、花のあやめから名付けられたと思ってたけど、元ネタはあやめるの方だったとは。

 杏子は魂が抜けたように視線を虚空へと泳がせる。全員がなんとなく黙り込んだ時、白いジャージを着た顧問の杉山しぐれが入室してきた。


「なんだこの空気」

「あ、しぐ、杉山先生」


 杏子としぐれの血縁関係は部員全員が知っているところであるが、教師に対する質問をする以上、生徒の線を越えるのはよろしくない。


「自己採点したら結構いい点だったんですけど、坂口先生、何か言ってました?」

「『やればできるんじゃん!』って喜んでたぞ」

「そうか、良かった。それと、一年のあやめちゃんも『解けました』ってたわごとを言ってるんですが」

「だってお前、種田の成績は一年のトップレベルだぞ。お前と比べたらダメだろ。お前みたいなもんと比べたら。恥を知れ、恥を」


 情け容赦なく「コノ者ノ学力、一年以下」のラベルを額に貼り付けられた杏子は、あやめに近づき、その手を握った。


「あやめちゃん! 師匠超え、おめでとう! 感動した!」

「ありがとうございます。こちらこそセンパイの手のひらの回転の速さに感動してます」


 しぐれが茶番を遮る。


「今回一番心配していた坂口先生に、感謝しろよ。それと、こいつを教えてくれたのは水里か。ありがとうな」

「小学生レベルから始めましたので時間はかかりましたけど、ある程度の基礎はできたと思います」

「姪っ子が進級できないなんて知られたら、こいつの母親に何を言われるか。助かったよ」


 しぐれはもう一度波濤に感謝を示し、全員に聴こえるよう声を張り上げた。


「水里と種田は心配ないだろうけど、大須賀と高浜は、近づいてきた夏休み中も勉強に励むように。特に大須賀。わかったな」

「……えぇ……やっとテストが終わったのにぃ……。他に何か言うことないの? 二つ目も覚えようよ、一つ覚えじゃなくてさ」


 しぐれは手にしていた出席簿を左手に叩きつけながら杏子に近づいていった。


「わかったな?」

「アッハイ」

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