転生したら台湾だった件

そーた

第1話 転移

目が醒めると、全く見覚えのない天井が見えたーーー


天井ーーー


それはまるで目眩がするほど遥か上を覆っており、

天井ぎっしりに埋められたライトが、白く、キャンディの様に輝いている。



それはもちろんーーー



普段目が覚めた時に一番最初に見る、自分の部屋の天井とは何もかもが異なっていて…




(眩しい…)




まだぼうっとしている頭の中で出てきた感想は、そんな単純なものだった。




(……うるさい)




周りからは様々な音が投げつける様に飛び交い、混じり合い、まるで上品さなど欠片も無い乱雑な合奏となって頭に響いた。



徐々にはっきりとしてきた頭で何とか状況を理解しようと、辺りを見回してみると…




そこには信じられない光景が、




いや、案の定というべきか。




(………空…港?)




全く見覚えのない場所に、俺はいた。


俺は必死で今の状況を理解しようと、頭の中を整理してみるが…



(俺は一体…何でこんなところに?)



昨日、つまり3月26日に、俺はいつも通りの時間、いつも通りの場所で、つまりは夜の10時頃に自分の部屋で就寝したはずだ。


それが目が醒めると、こんな見覚えの無いところで寝ていて…


ふと周りを見回すと、辺りはおびただしい数の人々が喧騒とした様子で歩いており、その場で談笑している者、迷い子の様に周りをキョロキョロしている者、そして携帯を触りながらやや早歩きで目の前を通り過ぎて行く者。


人々の様子は様々だが、ただ共通している事は、皆キャリーバッグを引きずっている事だ。


すぐ左を見てみると、航空会社の受付カウンターが並んでおり、それは果てしなく奥まで続いていてーーー



ーーー間違いない。



今俺がいるこの場所は………



………まごう事なきーーー



空港だ。


…。


……。


………。


ますます分からない。


頭の中を整理しようとしたはずなのに、頭の中はますます混乱するばかりで。


周りの人々は俺なんかには目もくれず、まるで俺の事など見えてもいないかの様だ。


仕方なく俺はモソモソと布団から抜け出し、フラフラと立ち上がったとき、


重大な事を思い出した。



そういえば俺、寝るときはパンツ一枚派だった…



建物内とはいえ、今のこの時期に、ボクサーパンツ一枚で布団から出るにはまだ肌寒い季節のはずだが、なぜか不思議と心地よい空気が身体を包む…


エントランスの窓から見える外の景色は真っ暗で、壁に提示されている時計を見ると、短針が指しているのは10の数字。



(てことは…今は夜の10時?)


そう思った瞬間、俺は必死でそんな馬鹿な結論を振り払う。


(いや、そんなアホな…

それやったら丸一日寝てたってことに…)


俺は駆け出したーーー


そんなはずはないと。


もしそうであれば、今は何日なのか?


寝たのが26日ということは、今日は27日?

いや、本当に丸一日なのか?

もしかしたら…

丸一日だけではなく……

もしかしたら…

今日の日付はッ……!!



パンツ一枚という格好で走るのは初めてだったが、まさかこんなにも動きやすいとは思わなかったな。


何度も足がもつれそうになり、幾度となく人を突き飛ばし、それでも俺は当てもなく、ただただ今日の日付が知りたかったんだ。


俺はただ、駆けたーーー


だだっ広い空港を駆け抜ける俺の視界を、人、音、物、様々なものが掠めていくーーー


そんなものには何も構わず、ただ俺は一直線に駆けていくーーー


目の前で楽しく談笑しているカップルの若い女の子を突き飛ばしたーーー


「どけッ!!」


女の子は悲鳴をあげながら、飲もうとしていたホットカフェオレを顔面にぶちまける。



特大サイズのポップコーンを抱えた男を突き飛ばしましたーーー


「ッどけェッ!!!」


上空に大きく跳ねあげられたポップコーンはまるで天からのプレゼントの様に辺りにバラバラと降り注いだ。


後ろで男が罵声を浴びせかけてる様だったが、俺の耳には入らない。


携帯を触りながらやや早歩きで俺と同じ方向に歩いていく若い男を突き飛ばしたーーー


「お前はッ………どいとけェッッ!!!!」


かなり勢いをつけて突き飛ばしたのと、早歩きで歩いていく彼の勢いとが合わさって、バチンッとまるで叩きつける様に、とてつもない勢いで前に倒れたその若い男は、そのままピクリとも動かなくなった。


次第に悲鳴と怒号が生まれ行く中で、俺はとうとう大きな電光掲示板を見つけた。


そこには…


目を疑う様な光景が、やけに淡々と、だからこそはっきりと映し出され…



ーー2019年3月26日 10時17分ーー



俺の頭の中は


停止していた…。


「馬鹿な……

何で………?」


物理的にありえない。


今は3月26日の10時17分


つまり、眠りについてから少なくとも17分しか経っていないことになる。


俺の家から最寄りの空港は関西空港。


最低でも2、3時間は掛かる距離なのに、どうして今俺はここに…


(何やこれは!何で俺はこんな所に!?

昨日は家で寝たはず…

…いや、昨日?違う!今日か?

……全く……訳がわからんッ!)


俺は訳も解らず、周りにいる人間に訴える様に問いかけるもーーー



「你這是變態!為什麼你裸著!?不要跟我說話!!」


「這是傢伙!!還給我我的爆米花!!」


人々は俺の問いかけには耳を貸さず、なぜか罵声の様な声を浴びせるのだった。


いや、それよりも分からないことは…


彼らの話す言葉。


それは何を言っているのか到底理解できないものであり………


しかしそれはーーー


聞き覚えのない言葉ーーー

では無いという事だけは分かった。


………。


…………!?


俺は一つの結論に行き着く…


…行き着くと同時に、ますます自分の考えが信じられなくなる。

そんな矛盾が俺の頭の中をぐしゃぐしゃに掻き乱すが、俺はある事を確認するために、

また駆け出した。


そう……


………パンツ一枚で。


先程駆け出した時とは違う点は、何故か周りの人間が鬼の形相で俺を追ってきているという事だった。

俺はそんな事は気にも留めず、ただただ建物の奥の方へと駆けていくーーー


女の悲鳴が耳を掠めるーーー


警備員の怒号が耳を掠めるーーー


税関を突破する際に、憮然とした顔で座っている職員の姿を掠めた。


俺に突き飛ばされた者、その仲間、そして警備員に追い回された挙句。


俺の目の前に現れたのはーーー



巨大な大理石で象られた文字。



それを目の前にして…


そこには信じられない光景が、


いや、案の定というべきか、


俺は、本日二度目になる思考停止に陥った。




ーーTAIWANーー




大理石で象られた、大きく立派なその文字を前に、俺はただただ立ち尽くし……


でも、どうしてだろう?


その時の俺は、何故かやけに冷静で……


今の状況をはっきりと飲み込めた。


今、あり得ない事が起こっていることは既に明らかなわけで…

その事さえ受け入れてしまえば、今の状況に全て説明が行くわけで…



「ハハッ…そういう事か。

俺はどうやら…




…台湾に転生されたみたいやな。」




…俺が乾いた笑いを漏らすと同時に、



…横っ面から警備員が飛びついてきた。



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