第19話 お口の中が幸せでいっぱい
「これも食べなはれ」
「あもっ」
「これも美味しいわよ」
「あがっ」
「ウチのも食べてぇや」
「あうっ」
「
「
藤崎家のお祖母様のお名前は
「お店の人がこれも美味しい言うとったわ」
「あぐっ」
「ばあちゃんそんな口に入れんでも。それはウチの役目や!」
「ええやないの。孫娘のお婿さんをもてなすんわばあちゃんの役目やさかい」
「はうっ……お、お婿さんて……ばあちゃんホントの事言わんでもええやない」
テレテレっとしながらクネクネっとする咲さんを見ていたら首筋に寒気を感じた。
「神月翔馬! 私は認めないぞ! そりゃあさっきはお義父さんに挨拶したのは良かったが……ただそれだけだ!」
あの時は既に起きてたのね。
でもなんだか咲パパに「神月翔馬」とフルネームで言われるのは嬉しい。
倍近く歳が離れてる人から個人として認識してもらってるという感覚が新鮮なのだ。
「
「名前で呼ぶな!」
「……パパさん」
「君のパパじゃない!」
「お義父さん」
「きぇぇぇぇぇぇっ!!」
この家の中で誰よりもテンションが高くて見ていて飽きない。俺の一挙手一投足に面白い反応を返してくれるのが心地いい。
「藤崎龍さん」
「うむ。それで良い」
どうやらこれが落ち着くらしい。
そんな団らんを見ていると修学旅行で咲さんが言っていた「家族仲が悪い」という部分は緩やかに変化したのだろう。それもいい方向に。
「翔馬さんは見れば見るほど、若い頃の
流さんはニコニコしながらシワが刻まれた手で俺の頬に優しく触れる。その感触が亡き祖母を思い出し心にジンとくる。
「確かに少し似とるなぁ」
咲ママこと
「なんやアレやなぁ、咲から見せてもろた写真よりはるかにええ男やわぁ」
「ばあちゃんダメや! 翔馬はんはウチのモンや!」
「えぇ……ずるいわぁ」
(もしも〜し、正さ〜ん! あなたのお嫁さんの目が本気なんですが〜)
少しだけ本気度を感じたので心の中で正さんに助けを求める。
(……ぐすんっ)
仏間の方で、すすり泣く声が聞こえた。
「まぁ冗談はさておき……翔馬はん、色々ありがとうな」
「……茶道教室の事ですか?」
ここですっとぼけるのはよそう。
流さんの姿勢を正した姿に俺も正座で向かい合う。
「茶道教室の事も孫娘の事も家族の事も正さんの事も……色々やな」
言葉の重みから伝わるのは、本当に色々だという事。
俺が推し量る事はできないけど、沢山の苦悩があったに違いない。人の生きる道は千差万別だから。
ちょっとカッコイイ四文字熟語を使いたかったのは内緒。
「咲さんが優しかったから、力になりたかったんです」
これがどうしようもない人だったら俺は決して……いやこの考えもよそう。
俺の中のどうしようもないランキング1位の
俺はずっとこんな性格だしこれからも変わらないだろう。もうそろそろ自覚しなきゃいけない。
「ええ人や……ほんにええ人や」
「せやろせやろ! 翔馬はんはええ人なんよ!」
「ウチも翔馬はんの話もっと聞きたいわぁ」
「神月翔馬! くっ、何でもないっ!」
パパさんだけブレずに大きな声を出してくれたけど何も言うことが無かったらしい。とりあえず名前は呼んだけど呼んだだけですが? みたいな顔が愛おしく感じる。
「僕の話は咲さんに聞いてもらうとしてですね……僕はもっと皆さんのお話を聞きたいです」
最近になって自覚している事だけど、俺はどうやら人生の先輩の恋話が好きらしい。
ブランさん然り、
「ウチらの話?」
「はい! 藤崎龍さんと峰さんの話や流さんと正さんの話が聞きたいです」
――少し話変わって。
バイト先の雇い主……オカマママはとても接客が上手いのです。少しだけコツを教えて貰ったのですが『相手の話を聞くこと』だそうです。適度な相づちや同意の言葉を駆使して、ほんの少しだけ心に寄り添う事を心情にしているとかなんとか……なんで敬語で語ったのか。
「神月翔馬! 私に興味があるのか!」
「ア、ハイ……あります」
できれば奥さんの方から聞きたかったのですが、いかんせん今日イチやる気を見せたパパさんを突っけんどうにする事もできず、
「いいだろういいだろう! ならば聞かせてやろう! 私が妻と出会ったのは小学6年生の頃」
「3年生や」
「……その頃ハマっていた戦隊モノのフィギュアを」
「魔法少女ものや」
「……告白したのは妻から中学2年生の」
「告白したのはアンタやし中1の夏休み最終日や」
ダメだぁ……藤崎龍さんはポンコツだぁ。
冷や汗ダラダラのパパさんは静かに正座に座り直し奥さんに詫び菓子を差し出していた。ほっこりする場面なのだけど、ママさんの目が座っているので怖い怖い。
「……流さんと正さんの物語を」
「そうやなぁ……半世紀以上前やけどええやろか?」
「もちろんです!」
「ウチももっかい聞きたいわ」
恐らく何度も聞いているであろう咲さんはお祖母様の後ろに膝立ちになり肩を揉みを始める。孫と祖母のコミュニケーションをじんわり感じながら流さんはおっとりした口調で語り出す。
「あたしがまだ若かったころ――」
仏間の方で、すすり泣く声が聞こえた。
――――――
――――
――
「翔馬はん遅くまでありがとうな」
「いえ峰さん。こちらこそお世話になりました」
「また来てな翔馬はん。ばあちゃんがあんなに喋り続けるんは嬉しい証拠やさかい」
「凄い話も聞けたし。こちらこそありがとう。お祖母様に御礼伝えておいて」
お祖母様は話し疲れた様子でここにはいない……今は夢の中でお爺様と楽しく過ごしているだろう。
「神月翔馬……私はお前を認めない」
「はい」
結局最後までパパさんとは打ち解けられなかったな。
「認めない……が、感謝はする」
「へっ?」
どういう事でしょう。
「娘の通う学校を良きものにしようとしてくれてありがとう」
「えっと……ど、どうも?」
何故そのような話が出てくるのだろう。それに答えたのはママさん。
「ウチの主人、3年生の保護者組合に属しとるんよ」
「保護者組合というと」
なるほどそういう事か。
ハナから俺の学校での行動は筒抜けだったという事か。
「神月翔馬という人物は認めへんけど、生徒会長としては認めとるいうことやな」
ママさんのウインクで救われた気がした。
「藤崎龍さん」
「なんだ神月翔馬!」
ホントにこの人はたまらなく……
「自分がお酒飲めるようになったら一緒に飲みましょう!」
「――なっ!」
一瞬の間で全てを理解したパパさんは百面相の如く表情がコロコロ変わり、
「か、神月翔馬〜! ぜっっっったいに娘はやらぁぁぁぁん!!!」
藤崎龍さんの今晩の酒の肴は俺への愚痴……それもまたいいのかもしれない。
「翔馬は〜ん、第2ラウンドも気張りやぁ〜」
咲さんの声が俺にまた勇気をくれる。最初は緊張していた硬質な印象の敷居も、帰りは温もりをくれたように感じる。
さて、今度は
長い長い1日も……まだ折り返し。
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