四谷小春の推理奇譚

スパロウ

第一部

第一章 塵塚怪王の木

1-1「ゴミの成る木」

 その早朝はけたたましい扉のノックから始まった。まだ午前九時にセットした目覚まし時計すらなっていない。時刻は朝六時。人によっては起きて当然の時間かもしれないが、私にとってはせっかくの休日、一度起きて二度寝をするという至福のために設定したい時間ではない。


「小春! 開けてよ、大変なんだってば」


 聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえてくる。実家暮らしのため家には親がいるはずだが、自室の前から聞こえてくるということは、親が『彼女』をうちに上げたということだ。ここまでの大声であれば近所迷惑になりかねない。というか、そうともなれば私の心象問題にもかかわるかもしれない。ご近所トラブルだけは避けたい。私は頭の中で散々不満を言いながら扉を開けた。開けた先にいたのは、桜庭香織だった。


 やや明るい茶髪は地毛、少し伸ばした髪をポニーテールで結び、高等学校の制服を着た桜庭香織は、私、四谷小春とは歳が三つも離れている。彼女は高校一年生で、私は大学一年生だ。私と彼女にどういう縁があるかは割愛するが、私の通っていた高校で演劇部に所属している彼女は、どこか焦燥しており、汗だくであった。今日は、そろそろ寒くなる秋の中頃だというのに。


「こんな朝早くからなんだ……。そういえば香織は今日は部活だろう。行かなくていいのか。確か今日は文化祭準備のための朝練で六時半には部室に……」

「そんな事はいいから、大変なんだって! 近くの公園の木がとんでもないことになっているの!」

「公園の木?」


 我が家すぐ近くには、そこそこ大きい公園がある。テニスコートが二面と一周が丁度四百メートルあるトリムコースがあり、運動するにはもってこいだ。当然遊具もいくつか存在し、昼間は遊びに来た子供と健康維持の為にきたお年寄り、基礎トレーニングを行う若者でにぎやかになる。また多くの植物も植えられており、春には桜が咲くため小規模ながらそこで花見をする家族もいる。公園の中央には大きな木が植えられている。私はこの木の種類が何なのかまでは知らないが、その公園を象徴する大事なものであることは確かだ。


「大変ってなんだ。まさか切り取られたとか?」と、あり得ない話をする。

「そこまで大変な事じゃないけど、とにかく大変なんだって。見ればわかるから、早く来て! パジャマ姿でいいから!」


 どうも軽い冗談にすら付き合えないほどには大変な事が起きているとみえた。私はとりあえず上着を羽織り、外に出た。この家から公園までは歩いて五分程度と近くにある。そのくらいの距離なら部屋着姿で十分だろう。私は着のみ着のまま香織とともに外に出た。


 公園に着くと、木の周りに人だかりができていた。早朝ゆえに、いるのはお年寄りばかりであった。よくみると、近所に住んでいて顔なじみのおじいさんもいた。老人・生野源蔵は私たちに気付くと、「おぅい」と声を掛けてきた。


「呼んできてくれたか香織ちゃん」

「うん。やっぱり運ぶのは難しそう?」

「さすがに年寄りがあの重さのものをもったら、腰を痛めちまう」

「しかもそれが大量にあるんだものね……。やっぱりここは若い人達の出番でしょ!」

「助かるよ香織ちゃん」


 話が全く見えてこない。香織と源蔵おじいさんだけで会話が続いている。一切の説明もされていないので、私は事情を聴くことにした。


「まって、一体何がその木にあるんですか。重いんですか」

「説明、してないのか?」

「香織からは、見ればわかるとだけ」

「まあその通りだわな。見てくれ、ほら」


 そういって源蔵おじいさんが木の下まで連れていく。確かに、これは見ればすぐに分かることだった。


 木の根元には、合計で何袋あるかわからないほど大量のゴミ袋が置かれていた。それも辺り一面にというわけではなく、どちらかといえば山になるように積まれている状態だった。どれも大きなゴミ袋で、確かに老人が一人で持つにはいささか体に問題を起こしそうである。よく見れば今日が回収日のゴミばかりで、早く移動させないと全てのゴミを回収業者が引き取れないかもしれない。


「このゴミの片付けのために呼ばれたのか」

「こうでもしないと出不精の小春は外に出ないでしょ」

「……まあ確かに」


 そうして、老人たちの力も借りつつ、ゴミ袋の撤去作業に取り掛かることになった。ひとまず軍手は源蔵おじいさんが持ってきていたものを借りる。動きやすい部屋着の状態で来ていたのは幸いであった。


 ゴミ袋の上には大量の落ち葉や折れた枝などが乗っかっていた。よくみると、まだ枯れていないものから、故意に折られたような枝も見受けられた。多少の疑問を感じるが、きっとどうでもよいことだろう。私は、どうでもよいことをどうしても気にしてしまう性質がある。


「しかし、昨日の夜はこんなもの無かったのに誰がこんなにおいたんだろう」

「……え? 昨日は無かったのか?」

「え、うん。昨日源蔵おじいちゃんといたときは無かったよ。ねえ?」


 香織が源蔵おじいさんに聞く。


「何時頃だったっけ。夕方は過ぎていたな。あの時は確かに何もなかった。まったく、夜のうちにゴミを木の下に持ってくるなんて、酷いやつもいたものだ」

「待って、待って。これ、今日が回収日のゴミですよ?」

「それが?」

「それがこんなに大量に、一つの家庭で出ないでしょ」

「まあ確かに」


 細かいことが気になってしまう性質だ。どうしても気になって仕方がない。誰かが、夜のうちに、この家庭ゴミを夜通しでこの木の下に、運んだやつがいる。気がする。

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