#5-2

 とは言ってもさすがに、プロポーズを断られたというのは、ノワールを及び腰にさせてしまう。あっさりしていたようには見えても、ノワールにとっては時間をたっぷりかけて考え抜いた決意だったため、「白い花を用意したけれど、いま思えば赤い薔薇かなにかのほうがよかったのかも」なんて小さなことにすら後悔して胸を痛めているありさまだった。

 オペラがそんなことを気にする女性じゃないことは重々承知していても、ノワールとしては自分のどこが悪かったのかまったくわからず、落ち度があるとすればプロポーズの仕方くらいにしか「もしかして」と思う点がない。

 シャノワール=シュヴァルツは、伯爵階級の生まれでこの町の領主、加えて「非の打ち所がない」とまで謳われている男である。自信がないといくら言っても、それなりに自分の肩書きは承知しているのだから、彼が少々自負を持っていたり、それ故に目が曇っていたりしたとしても仕方がない。

「貴方の悪いところよ、それは」とノワールに面と向かって言ったのはシアメーセだ。

 ノワールが落ち込んでいることなど露とも知らずに屋敷にやってきたシアメーセは、ふさぎ込むノワールを見てまず大きなため息を吐いた。彼女は女性ならではの勘の良さか、すぐにノワールが何で落ち込んでいるのか察しがついたらしく、「見返りを用意なさい。相談に乗ってあげるから」と高飛車に言い放ったのだった。

 応接間に通されて、ノワールはシアメーセと向かい合って座っていた。ソラがノワールの傍に心配そうな顔で立っているのを横目で見つつ、「これは随分と重病」だとシアメーセはこっそり思う。

「貴方に価値があるのは間違いないわよ、ノワール。なんていったって、この私が認めた男性だもの。でも、だからといって、泥棒猫にプロポーズを断られて理由が分からないなんて、自信過剰もいい加減になさいというところよ」

「じゃあ俺の悪いところを言ってみてほしい」とノワールは小さく呟いたけれど、彼の心中には「もしかして、お嬢さんは俺の情けない部分を見て、愛想をつかしたのだろうか」とどうしようもない靄がかかっていた。

 あのとき、オペラの部屋でふたりの秘密だと約束を交わしたけれど、あの自分の一面が、ほかならぬ「断る」理由だったら、と思うだけで、ノワールはいまにも心臓が潰れそうなのだ。

 しかし、そんな胸中をシアメーセに吐露するかどうかは別の問題である。

「でも、いくら貴方が自信過剰だからって、あの子がそんなことを気にするかしら」

 シアメーセの言葉に、ノワールは顔をあげる。そんなノワールの情けない顔を見て、シアメーセはふんと鼻を鳴らした。「ねえ、ノワール。貴方、あの子の前で本当の自分を出して勝負したことある? なにも飾らずにぶつかってみたことは?」

「……なにも飾らずに、ぶつかる……」

「その様子じゃ、一度も勝負にでたことがないのね」

 シアメーセは、長く美しい髪を指に巻きながら目を細める。

「保守的というより、貴方のそれはただの弱虫だわ。貴方の骨は私が拾ってあげるから、一度は本気で怪我をするくらいぶつかりなさいよ。私が小娘の残り物でも良いっていう程度には、貴方には魅力があるのよ? いい加減、張りぼてじゃない自信を持ちなさい」

「さあ、私からの助言はここまでよ。お返しは宝石か、そうね、町一番の舞台を半年私に貸して頂戴ね」

 ぱたんと軽く机を叩いたシアメーセの顔に視線を合わせ、ノワールは嘆息する。

「舞台でもなんでも、好きなように借りていくと良いよ」

 軽やかに「ありがとう」と笑って応接間を出て行くシアメーセに、ノワールは後日になって、自身が落ち込んでいるからこそ放ってしまった迂闊な発言に頭を抱えることになるのだった。

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