第31話 それぞれの奮闘


 今日は朝から大変だった。エプロンを作ることが決定したのが昨日。それからみんなで材料を買いに行ったけど、やはりその日のうちに作る時間は無かった。


 と言うわけで、少しでも時間が惜しい僕達は、始業前には家庭科室に集まって作業を始め、昼休みも昼食をとった後すぐに作成に取り掛かった。放課後になった今も部室で作業を続けているけど、まだ全然終わっていない。なぜなら……


「ねえ、これってどうやるんだっけ?」

「玉結びって何?」

「紐の長さはこれでいいの?」

「刺繍やフリルってどのタイミングでつけるんだっけ?」


 エプロンの無い四人が四人とも、作り方を全く覚えていなかった。おかげで、僕を含めた既にエプロンを作ってあるメンバーは、本来やるはずだった自らのエプロンの飾りつけは一向に進まず、ちょくちょく手を止めて他の四人の手伝いに回っている。


「田辺さん、エプロンって去年作ったよね。どうして何も覚えてないの?」

「だって、私は工藤君みたいに女子力高くないもん」


 僕だって本当は女子力なんて高くない。これは記憶力の問題だ。そして進まないのは、三年の先輩方も同じだった。


「私達は、エプロン作ったのなんて二年近く前だよ。そんな大昔のことなんて覚えてるわけないじゃない。綺麗さっぱり忘れました」


 そんな事で胸を張らないでほしい。だけど彼女達も決してふざけているわけじゃなく、作業自体は真剣だ。白鳥先輩だって、今日はおやつにも手を着けずに頑張っている。


「もうこの生地切っていいよね?」


 そう言って鋏を入れ始めたけど、白鳥先輩が作業をしている時は、他のみんなの手が止まる。何かしでかすんじゃないかと心配で、ついつい目が行ってしまうんだ。

 そんな事より自分の作業をとも思うけど、僕自身も目が放せなくなっているから人のことは言えない。


「ねえ、もういっそのこと、出来上がってる四人がマンツーマンで教えない?」


 とうとう宮部さんがそんな事を言い出した。その間僕等のエプロンの飾りつけは完全にストップするけど、全員が完成するにはそっちの方が良さそうだ。


「じゃあ、誰が誰に教える?」


 すると、田辺さんがすかさず手を上げた。


「じゃあ工藤君、私に教えて」


 おそらく彼女は、僕がこの中で最も得意と判断して指名してきたのだろう。本当は普通レベルだというのに。

 ただ、仮に僕が得意だったとしても、それでも田辺さん相手にちゃんと教えられるか自信が無かった。去年見た、彼女の作ったエプロンを思い出すけど、あれは酷い出来だった。

 ここはやはり、真に女子力が高い宮部さんに付いてもらいのが良いだろう。そう提案しようとしたけど……


「ねえ、私はだれが教えてくれるの?」


 そう言ってきたのは白鳥先輩。そうだった、この人がいたんだ。


「宮部さん、白鳥先輩をよろしく。僕は田辺さんに教えるから」

「えぇっ、私が?」


 宮部さんが悲痛な叫びをあげる。ごめん宮部さん。僕にあの白鳥先輩の相手は荷が重いよ。


「だって、先輩との付き合いなら宮部さんの方が長いでしょ。意見し易い人が教えた方が良いんじゃないかな」

「それはそうだけど……あ、それなら私じゃなくても……」


 そう言って宮部さんは、出来上がっているあと二人の方を見たけど、彼女達はすでに、別の先輩に教えはじめていた。さてはこうなることを見越して逃げたな。


「そういうわけだから、大変だろうけど頑張ってね」

「そんな……」


 本当にゴメンね。だけど宮部さんの心配ばかりもしていられない。こっちはこっちで強敵なんだ。


「よろしくね、工藤君」


 にっこりと笑う田辺さんを見ながら、僕はこれから起こるだろう苦しい戦いに備えて気を引き締めた。


「それで、田辺さんはどこまで出来てるんだっけ?」

「もう裁断は終わってるから、次は縫いつければ良いんだよね?」


 そう言われて、一応切り離されたパーツを確認する。


「あの、田辺さん。これって腰紐だよね? 長さや太さがまるで違うんだけど」

「あ、ホントだ。どうしてこんなことに?」


 僕が聞きたい。一応採寸はしたけど、急いでいた分みんなけっこう雑にやっていたからな。これが授業で提出するものならまだ良いかもしれないけど、部活動紹介で大勢の人に見せるとなると、やり直した方が良いだろう。


「もう一回切るところから始めようか」

「了解~っ」


 やれやれ、マンツーマンで教えることにして本当に良かった。

 見ると、他の三人もそれぞれ苦戦しているようだ。お互い頑張ろうね、特に宮部さん。


 こうして僕達は、みんな時間が経つのも忘れて作業に没頭していった。

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