第27話 新しい顧問が来たけれど

 始業式の日は授業がないという学校もあるけれど、残念ながらウチは午後までがっつり授業がある。

 数日ぶりの授業と言う退屈な時間がやっと終わった放課後。僕は宮部さんと一緒に、家庭科室を訪れていた。すでにほとんどの部員が集まっていて、来ていないのは白鳥先輩だけのようだ。


「恵、工藤君。同じクラスになれなかったね」


 そう言ってきたのは田辺さん。残念ながら、彼女は隣のクラスに振り分けられてしまっていた。


「残念だったね。それはそうと、今日はいったい何があるの? こんな風にわざわざ招集かけるなんて、今までなかったよね?」

「私も全然知らないよ。先輩達はどうなんだろう?」


 視線を先輩方に移して訪ねてみるけど、みんな不思議そうに首を横に振るばかりで、どうやら誰も知らないみたいだ。

 そんな中、副部長のなかしまみこと先輩が思い出したように言った。


「もしかして、新入生への部活動紹介のことで話があるのかな?」


 部活動紹介。そういえば、もうすぐそんなものがあったっけ。

 体育館のステージで各部活動がステージ上でパフォーマンスをしながら、新入部員獲得のためのPRを行う。主に新入生に向けたイベントだけど、僕たち二、三年生も集められ、見学、あるいはPRする方に回る。


 どの部活動にも平等に発表時間は割り当てられて、当然家庭科部も例外じゃない。

 だけど、この家庭科部で発表するものなんてあるのかな?


「あー、あったねえ。すっかり忘れてた」

「何かしなきゃいけないんだっけ? 家庭科部だよって言って終わりじゃだめ?」


 どうやら何も発表するものは無いみたいだ。相変わらず酷い部だな。

 中島先輩は、副部長って立場故か、さすがに少し困ったように苦笑いを浮かべている。副部長ってたいへんだな。一方、本来一番大変なはずの部長はまだ姿を見せないけど。


 そう思っていると、家庭科室のドアが開いた。

 白鳥先輩が来たのかと思って、その場にいる全員の視線がそっちに集まる。だけど入ってきたのは、若い女の先生だった。


と言っても、さっきの始業式で紹介があった新任の先生で、どんな人かはまるで知らない。

 いったい家庭科部に何の用だろう?


 みんなが先生に注目する中、彼女は僕達を見回して言った。


「藤村先生に代わって家庭科部の顧問をすることになりました千田律子せんだりつこです。よろしくお願いします」


 そういえば、藤村先生が産休に入ってから、代理顧問もいなかったな。まあこの家庭科部だから、いなくても何の問題もなかったのだけど。


 ところが千田先生は、次にとんでもないことを言った。


「私は昔から家庭科が苦手でしたが、皆さん頑張っていきましょう」


 えっ、家庭科苦手なのに顧問になっちゃったの? そういえば始業式で紹介された時、数学担当って言っていた気がする。


「あの、普通は家庭科の先生が顧問になるんじゃないんですか?」


 宮部さんが僕らを代表して質問すると、千田先生もその反応は予期していたのだろう。すぐにそれに答えた。


「前任の藤村先生は、私の大学時代の先輩でね。その縁があって、後任を頼まれたの。ここなら家庭科ができなくても、名前さえ貸せば大丈夫って言われて」


 そんな事を言ったのか藤村先生。でもたしかにこの部なら、家庭科が苦手でも問題なさそうだ。その証拠に、みんな納得したように頷いている。


「確かに、家庭科のスキルってこの部にいらないよね」

「私だって家庭科の成績1だけど、困ったこと無いもん」

「さすが藤村先生。ウチらのことよく分かってる」


 こんなトンデモ発言が出てくるのも、この家庭科部ならではの事だろう。

 だけどどうしてだろう? 千田先生がなんだか浮かない顔をしている。


「聞いていた通りユルい部ね。だけどみんなも知っての通り、そうも言っていられない事態になってしまったの」


 えっと、いったい何の話だろう? これからも今まで通り、ユルくダラダラと過ごすものだと思っていた僕等は、そろって首をかしげた。


「先生、いったい何の話ですか?」


 福部長の中島先輩も事態を把握していないようだ。だけど僕らのその反応に、今度は千田先生が驚いてみせた。


「何って、このままじゃ廃部になるかもしれないっていう話よ」

「廃部って、何がですか?」

「決まってるじゃない、家庭科部よ」


 廃部……ああ、なるほど。家庭科部は廃部、つまり無くなってしまうという事か。


「「「「「ええぇ――――――――――――ッ!」」」」」


 家庭科室中に、部員達の驚きの声が響き渡る。そんな中、僕は一人冷静に事態を見ていた。

 ほとんど何も活動していない部なら、そんな話が出ても何も不思議はない。むしろ今まで存続していたさことの方が問題だ。ちょうど今朝、そのうち廃部になるんじゃないかと考えたりもしたけれど、まさかその日のうちに現実になるとは思わなかったな。


 だけど他のみんなは、到底納得のいかない様子だ。


「どうしてですか先生!私達が何をしたって言うんですか!」


 普段は温和な中島先輩が珍しく声を上げる。けど、何をしたかって、何もしてないからこうなったんだと思うんだけどな。


「私達が遊んでばかりだからダメなんですか!」

「家庭科室を私物化したのがいけないんですか?」

「家庭科部らしいことをしてないっていうのが、そんな悪いことなんですか!」


 なんだ、みんな分かってるじゃないか。それなのによくもまあ、こんなにもいけしゃあしゃあと文句を言えたものだ。ほら、千田先生も頭を抱えている。


「あなた達ねえ。そもそも、部長から話は聞いてないの?」


 部長? もちろん白鳥先輩からは、そんな話は何も聞いていない。みんなも顔を見合せるけど、どうやら誰も知らないみたいだ。

 そういえば、その白鳥先輩はまだ姿を見せていない。招集をかけておきながら遅刻とは、さすが家庭科部の親玉だけのことはある。


 するとバタバタとした足音が響いて、勢いよく家庭科室のドアが開かれた。


「みんなー、遅れてゴメ――ン!」


 家庭科部の危機など全く考えていないような能天気な声が響き、白鳥先輩が現れた。そんな彼女に、全員の冷たい視線が注がれる。


「白鳥さんどういう事! あなたにはちゃんと話したわよね!」

「説明して、廃部ってなに!」

「私達何にも聞いてませんよ、何で黙ってたんですか?」


 視線だけでなく、怒声も注がれる。これにはさすがの白鳥先輩もびっくりしたようで、その勢いに圧倒されていた。

 だけど、こんな大事なことを伝えていなかったんだから仕方ない。今日こそは、ちゃんと怒られてくださいね。


「先輩、まずはそこに座りなさい!」

「は、はいっ!」


 宮部さんの命令により、その場であぐらをかく白鳥先輩。


「ちゃんと正座する!」

「えー、足痺れちゃうよ」


 文句を言いながらも、怒った宮部さんには逆らえないのか、しぶしぶ正座をする白鳥先輩。それにしても宮部さん、先輩相手にこんな態度取って良いのかな? 気持ちはわかるし、誰も文句言わないから良いかもしれないな。


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