第23話 身も蓋もない男の意見


 日も落ちてきたころ、みんなもそろそろ時間がない事に気が付いたのだろう。ようやく、春香ちゃんが僕の意見を聞きにきた。


「先輩、この中でどれが良いと思います?」


 スマホを取り出し、今まで試着した時に撮っていた写真を見せてくる。


「この二つにまで絞ったんですけど、男性目線ではどっちの方がいいですか?」

「えっと、どれどれ……」


 写真で見た二種類のコーデはそれぞれ方向性が違っていて、片方はふわふわとした可愛い感じで、もう片方は活発な印象を受ける。

 正直、男性目線でどっちがいいかなんて分からない。だけど僕は、その二つを見て迷わず後者を選んだ。


「こっちですか。うーん、分かりました」


 春香ちゃんはまだ少し悩んでいるみたいだったけど、この子のキャラから言えば、絶対こっちだと思う。


「悩むまでもないだろ。だいたい、あいつに可愛い系は無理がある」


 春香ちゃんが会計に向かった後、一度も意見を聞かれることの無かった勝彦が、キッパリとそう断言する。

 まあ、無理があるかどうかはともかくとして、きっと本人はこれでも真剣に悩んでいたんだろう。

 けれどとにかく、これで長かった買い物もようやく終わった。その間ずっとついて回ってくれていた家庭科部のみんなには、本当に感謝しかない。


「みんな、今日は長い時間付き合ってくれて本当にありがとう」

「いいってお礼なんて。私達も、色んな服を見れて楽しかったからね」


 それから会計を済ませた春香ちゃんが戻ってくると、全員で店を出て駅へと向かう。

 だけどその途中、春香ちゃんは買った服の入った包みを眺めながら、未だにうんうんと悩んでいた。

 それを見て、勝彦が呆れたように言う。


「なんだよ、まだ何か悩んでるのか。こんなにたくさんの人に時間かけて見てもらったんだから、もういいだろ」

「だって、いくら悩んで決めたって、本当はあっちの方が良かったんじゃないかってつい思っちゃうんだもん」


 きっと勝彦としては、たくさんの人を巻き込んだ結果がこれだとあまりに申し訳ないって思ったんだろう。春香ちゃんもさすがにすまないと思ったんだろう。一応反論はしたけれど、その声は弱々しい。


 だけど幸いなことに、宮部さんをはじめとする家庭科部の面々は、そんな春香ちゃんの態度に気を悪くした様子はなかった。


「大丈夫だって。遥香ちゃんの好きな子だって、きっと喜んでくれるよ。工藤君だってそう思うよね?」

「えっ、それは……」


 背中を押すついでに、僕にも同意を求めてくる。

 ここはやっぱり、そうだよって言った方が良い場面なのかな。実際、今回買った服は春香ちゃんにとても似合うとは思う。

 だけど相手の子が喜ぶかどうかについては、実は少し思うところがあったりする。問題は、それをここで言うかどうかだ。


「正直、少しくらい服が変わっても、受ける印象はそこまで変わらないんじゃないかな?」

「…………」


 少しだけ迷ったけど、思ったことをそのまま口にする。その結果待っていたのは、水を打ったように静まり返る一同の姿だった。

 やっぱりこうなったか。こんな反応になるってことは予想がついていた。だけど、きっとこれで終わりじゃない。この後起こる事態に備えて、そっと身を竦ませた。


「酷い、何それ!」

「なんで今になってそんなこと言うの!」

「今日一日何だったの!」


 思った通り、みんなが口々に僕を責める。だよね。さんざん迷った挙句決めた後にこんな事言われたら怒るのも無理はないし、我ながら空気が読めないなとは思う。

 だけど真剣に悩む春香ちゃんを見て、それなら僕も、お世辞無しの正直な意見を言うべきじゃないかって思ってきたんだ。


「まずは、言うのが遅くなってごめん。だけど聞いてほしいんだ。遥香ちゃんが好きな相手の子とは、元々仲が良かったんだよね?」

「まあ、それなりには」

「初対面の相手ならともかく、見知った相手の印象なんて、服一つでそんなに変わらないんじゃないかな」

「それは……」


 そこまで言って春香ちゃんが初めて怯む。こんな事言って悪いなとは思うけど、これが僕なりに男目線で考えてみた結果だった。


「えぇーっ、そんなこと無いよ。服って大事だよ」


 話を聞いていた白鳥部長が、納得できないと言った感じで言う。もちろんその服装は、囚人服の如きアレだ。確かにその姿を見ると、服って大事と言う言葉にも説得力はあるけれど、これは特殊な例だからこの際置いておく。


「よっぽど酷い場合はともかく、例えば当日その子がオシャレな格好じゃなく、今の僕や勝彦が着てるような服だったとして、それで春香ちゃんは大きく印象が変わると思う?」

「それは……」

「でしょ。服一つでダメになるようなら、どの道うまくいかないよ。これが、リアルな男の意見」


 そこまで言った頃には、さっきまであった女子達のブーイングも、いつの間にか収まってきていた。


「ごめんね。春香ちゃんが満足いく服が見つかって自信がつくなら、それが一番だと思ったんだけどね」

「いつまでたっても悩んでばかりいるから、我慢できなくなったんですね」


 ちょっと。僕の言葉を引き継ぐように勝彦が言うけど、言い方が悪い。ようやくブーイングが止んだってのに、またみんなの目つきが鋭くなってきてるよ。


「こ、このままだと、せっかくその子と会っても服の事ばかり気にするんじゃないかって思ったんだよ。せっかく好きな子に会えるんだから、もっとちゃんと楽しんだ方が良いよ」

「たしかにそうかも。うーん、だけど……」


 僕の意見を聞いて、春香ちゃんはまだ、納得半分、不満半分ってところみたいだ。だけどそれを見て、再び勝彦が言う。


「お前な、これ以上先輩達に迷惑かけるなよ。それでもまだ悩むって言うなら、ここからは俺が付き合ってやるからよ」

「えぇーっ、兄貴に相談するくらいならもうこれで良いや」

「お前……」


 おや、どうやら納得してくれたみたいだ。勝彦は、なんだか不満そうな顔をしていたけど。


「工藤君、それにしたって言うのが遅いよ。そういうのはもっと早く言ってよね」

「それは、本当にゴメン」


 下手な事を言ったらどんな目に遭うか分からなかったから、なかなか言い出せなかったんだ。そんなこと、とてもみんなに知られるわけにはいかないけど。

 そうしている間に、いつのまにか駅まで辿り着く。今日はここで解散だ。


「それじゃあ、また明日学校でね」

「春香ちゃん、今度どうなったか教えてね」


 それぞれが別れの言葉を残して帰っていく。

 さて、僕達も帰ろう。僕と勝彦と春香ちゃん。来た時と同じように、三人で歩いて行く。

 その途中、そっと勝彦に聞いてみる。


「さっきはああ言ったけど、春香ちゃん、勝彦一人に任せて大丈夫?」 

「まあ、まだまだ悩んだり叫んだりしそうですけど、後は俺が何とかしますよ。あんなんでも俺の妹なんで、誰かに頼りっぱなしってわけにはいかねーっすから」

「兄貴も大変だな。がんばれよ」


 こう言っているのなら、これ以上は勝彦に任せるか。口喧嘩の絶えない兄妹だけど、何だかんだ言って仲は悪くないから、最後まで面倒を見るに違いない。

 後僕が出来る事と言ったら、春香ちゃんの恋が上手くいくことを祈るばかりだった。

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