第20話 何だか乗り気な家庭科部

 ほどなくして、僕等は再び部屋に通された。

 床にはスカートやズボンが、ベッドの上にはブラウスやワンピースが並べられている。一般的に男よりも女の子の方が持ってる服の数は多いイメージがあるけれど、春香ちゃんも例外じゃなさそうだ。


「じゃあ、写真に撮っても良い?」

「はい、お願いします」


 一応もう一度確認してからシャッターを押す。撮った写真をSNSに載せると、今度はすぐに反応があった。


『私は右から二番目の水色のシャツが良い』

『白一色の服は膨張して太って見えるからやめた方が良いかも』

『スカートかズボンかでイメージが変わるけど、どっちが好み?』

『牛丼屋のクーポン無くしちゃったよ―(泣)』


 ありがたいことに、みんなさまざまな答えが返してくれている。春香ちゃんもスマホに目を通して、服を重ねてイメージしているみたいだ。そうしている間にもどんどん返事はたまる。


『プリーツスカートってある? 白の服と上手く合わせたら細く見えていいんじゃないの』

『着る人のイメージに合わせるのが一番なんだけどねえ』

『三月なのにまだ霜焼けがかゆいよー』


 それにしても、なんだかみんなびっくりするくらい積極的だ。ちなみに、さっきからたまに見かけるおかしな一文は、全て白鳥先輩のものだ。話の流れを全く読まずにマイペースを貫くのは、SNSでも変わらないらしい。


 そんな白鳥先輩はさておき、他の人達は結構真剣に答えてくれている。それは嬉しい事だけど、意見が多すぎてなんだか余計に迷ってしまいそうな気がする。


『こんな感じだけど、どうかな?』


 今度は田辺さんが、そんなメッセージとともに写真を乗せてきた。それはどうやらファッション雑誌のワンカットらしく、さっき言っていた、白い服とプリーツスカートと言う組み合わせだ。言葉で聞いただけだと、まだイメージしきれていなかったけど、こうやって写真を見るとけっこう良いかもと思う。

 すると田辺さんの写真をきっかけに、それからポツポツと写真が載せられるようになった。同じくファッション雑誌を撮ったものだったり、あるいは自分の持っている服の組み合わせを見せたものだったりと様々だ。


 相談する前は、うちの家庭科部が相談相手で大丈夫かなんて失礼な事を思ってしまっていたけど、みんな結構オシャレしている。今回は、僕のエセ女子力なんて出る幕はないな。そう思っていると……


「ダサッ!」


 一枚の写真を見た途端、思わずそう口に出してしまった。そのリアクションがあまりの大きかったせいか、今まで傍観していた勝彦も何事かとスマホを覗きこんでくる。


「これは……酷いですね」


 それは、最悪の組み合わせと言ってよかった。個々の服は決して悪い訳ではなく、むしろ鮮やかな色合いが可愛いとさえ思う。だけどズボンもシャツも上着も色がバラバラで、それぞれの個性が強すぎた。結果、まるで毒を持った生物のような形容しがたい派手さを出してしまっている。


 こんな物いったい誰が乗せたのか。白鳥先輩だ。今までおかしな事ばかり言っていたけど、話の流れちゃんと分かってたんだな。本気で考えてこれなら、全く役に立ちそうにないけど。


 気を取り直して他の写真を見ようとした時、電話の着信音が鳴りだした。発信者を確認すると、発信元は宮部さんになっている。このタイミングでかけてきたという事は、何か直接言いたい事があるのかな?

「もしもし」

『あ、工藤君。SNS見たけど、どうしても確認したいことがあって。工藤君の彼女さん、今近くにいる?』

「はっ? 彼女⁉」


 誰の彼女だって?どうやら宮部さんは何か大きな誤解をしているようだ。


「彼女じゃないよ。コーデを頼みたいのは、僕の後輩の妹。その子が好きな相手は他にいるから!」

『えっ、そうだったの? 私、てっきり工藤君が、彼女のデート用の服を選んでくれって言ってるんだと思ってた』

「そんなわけないでしょっ!」


 どこの世界に、自分の彼女の服を他の女の子に見立ててもらう男がいるのだろうか。もしいたら、きっとそんな男はすぐに振られてしまうだろう。


 それにしても、みんなやけに盛り上がってるなと思ってたけど、もしかして他の人も勘違いしてる? そういえば、相談する時そこまで詳しい説明はしていなかったっけ。

 後でちゃんと誤解を解いておかないと。けど、とりあえずまずは宮部さんからだ。

 経緯を一から詳しく説明すると、宮部さんもようやく納得してくれたようだ。


『そうだったんだ。てっきり工藤君の彼女かと思ってみんな盛り上がってたよ』

「みんなってなに? とりあえず他の人の誤解は後できっちり解くとして、その子は傍にいるけど、電話代わった方が良い?」

『うん。お願い』


 事情を説明し、春香ちゃんに代わってもらう。

 面識のない者同士だから最初は緊張した様子だったけど、だんだんと声が弾んでいくのを聞くと、どうやら打ち解けてきたみたいだ。

 春香ちゃんが宮部さんと電話している間、僕は勝彦と話をする。


「女子ってほんと服とかオシャレとか好きですよね。俺、ファッションとか全然ですけど、なんでこんなに食いつき良いんですか?」

「さあ。生まれ持った本能みたいなものなんじゃないの?」


 僕はなぜか女子力が高いなどと言われているけど、服なんて全然詳しくない。やっぱりこういうのは女の子同士話し合うのが一番だ。

 そんな事を言っていると、春香ちゃんの話も終わったようで、僕にスマホを返してきた。


「どうだった?」

「はい。明日一緒に服買いに行くことになりました」

「えっ?」


 てっきりアドバイスを受けていると思っていたけど、いつからそんな話になったの?

 電話はまだ繋がったままだから。変わって宮部さんと話してみる。


「いいの、買い物に着き合わせちゃって?」

『いいのいいの。何だか話していたら面白くなってきちゃって。他の子の服を選ぶのも結構楽しいし』


 男にはわからない感覚だ。宮部さんが良いって言うなら、僕はもちろん構わないけど。

 だけど、そんな風に他人事みたいに思っていられるのはそれまでだった。


「あっ、先輩も明日は来て下さいね」

「えっ? 宮部さんにコーデを頼むなら、僕はもういらないんじゃない?」

「何言ってるんですか。男性意見も聞きたいって最初に言ってたじゃないですか」


 そういえばそうだったな。それによく考えたら、春香ちゃんと会ったことのない宮部さんに丸投げするのも悪いし、確かにこれは僕も行くべきだろう。


「宮部さん、僕も行くことになったけどいいかな?」

『もちろんよ。男子の意見も聞きたいからね。それで、待ち合わせはどこが良いかな?』


 それから少しの間、宮部さんと待ち合わせの時間と場所を話し合ってから通話を切る。その後ラインを見ると、相変わらずコーデについて盛り上がっているたけど、その中で気になる一文があった。


『ねえねえ、相手の子って工藤君の彼女? だったらリアルな恋バナ教えてよ。漫画のネタが湧かないの』

 

 名前を見ると、それを送ったのは角野先輩だ。どうやら彼女も、宮部さんと同じ勘違いをしているらしい。そういえば漫画を描くためリアルな恋愛話を聞きたいって言ってたっけ。


 とにかく、誤解を解くため詳しい事情と、それから明日宮部さんと買い物に行くことになったことを報告する。すると、すぐさま返事が届いた。


『私も行っていい? 中学生の恋愛事情が知りたい。というか、何でもいいからネタが欲しい!』


 そんな一文の後には、ネコが目を回しているイラストのスタンプが添えられていた。どうやら本当に、ネタが無くて切羽詰まっているみたいだ。

 だけど買い物と聞いて食いついてきたのは、角野先輩だけじゃなかった。


『私も行きたい。なんだか面白そう』

『明日は用事があるからいけないけど、後で詳しく教えて』

『実際行って選ぶんなら、私もアドバイスできるよ』


 世話焼きなのか暇なのか、なんだかみんなやる気になっている。それどころか、何人かはついてきそうな勢いだ。


「一緒に行くメンバー、もう少し増えるかもしれないけどいい?」

「構いませんよ。って言うか、意見をくれるなら多い方がありがたいです」


 一応春香ちゃんにも確認を取りその旨をラインに乗せると、思った通り何人かから、一緒に行くとの返事が来た。


「これで明日は、家庭科部の人達と一緒に買い物か」


 僕も明日の予定はなかったから、構わないと言えば構わないんだけれど、何だか少しだけ身構えてしまう。

 何しろ一緒に行くのは、あの色んな意味でパワフルなメンバー。言っちゃ悪いけど少々疲れることになりそうだ。


「先輩、大変そうですね。お疲れ様です」


 勝彦が申し訳なさそうに言うけど、何を他人事みたいに言っているんだろう。


「もちろん、勝彦も来るんだよな」

「俺もですかっ?」


 そりゃあそうだ。何が気が重いって、女子の集団の中一人だけ男がいるというのはそれだけで気疲れするんだよ。家庭科室という空間ならそれも慣れてきたけれど、外に出るとなれば話は別だ。勝彦にも同行してもらって、少しでも男子比率を上げなければ。


「まあ、元はうちの妹のせいですから、来いと言われりゃい来ますけど……」

「来い。よし、これで来てくれるね」


 嫌だと言ったら首に縄を付けてでも引っ張っていくつもりだったけど、そんな事をせずに済んで良かったよ。


「先輩、何か今変なこと考えてませんでした?」

「なに言ってるんだ。そんな事ああるわけないだろ」


 無理やり連行しようとしたくらい、変なことの範疇には入らないだろう。

 かくして、僕と岡村兄妹、そして家庭科部の面々で買い物に行くことが決まった。何だかちょっとだけ不安になるけど、きっと大丈夫。大丈夫という事にしておこう。

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