春のコーディネイト

第15話 家庭科部の恋愛事情

 女子力が高い。僕、工藤透は周りからそんな評価を受けている。


 最近、ふとしたことで家庭科部の手伝いをする事になって、それがきっかけでその後もたびたび顔を出すようになった。そのため周りからは、家庭科部に入ってますます女子力を磨いているなどと言われているけど、実際はこうだ。

 僕はもちろん、この家庭科部は、家庭科部らしいことを何もしない。


 例えば、今宮部さんは、先輩と二人でファッション雑誌を読みふけっている。その隣では、同級生二人がトランプを手に七並べに夢中だ。さっきからどっちがハートの9を止めているかでもめているけど、二人しかいないからバレバレなんだよな。そもそも、二人だけで七並べは無理があるよ。

 またその隣では、一人の先輩がひたすらにスマホと向かい合っている。


 さて、ここまで聞けばもうわかるだろう。ここは家庭科部なんて名ばかりの、遊び人の集団だ。

 なぜか家庭科部に誘われた僕も、最初はこのあんまりな惨状に驚いていたけど、もうすっかり慣れてしまった。今だって、先輩の一人である角野麻子すみのあさこさんに借りたマンガを読んでいる。


 こんなのを見れば、僕が女子力を磨いていないというのは一目瞭然のはずだと思うんだけど、家庭科部内外問わず、なぜか勘違いは続いたままだった。


 まあいいや。それより今はマンガの続きを読もう。そう思ってページを捲ると、突然肩にズッシリとした重みを感じた。


「工藤君、元気でやってる~?」


 まるで酔っぱらいの様に僕に絡んできたのは、家庭科部部長の白鳥先輩だ。この人も例にもれず、いつも遊んでばかりだ。いや、むしろ率先して遊んでいるか。さすが、この部の部長というだけはある。


「おやつあるよー、食べるー?」


 そうやって差し出されたのはスルメイカ。この人の持ってくるおやつは、やけにオヤジ臭いものが多い。この前はよっちゃんイカ。その前はたしか塩辛だった。いや、オヤジ臭いというより、単にイカが好きなだけかもしれない。


「遠慮します。イカは苦手なんです」

「そっか。イカはイカんか」


 どうやらオヤジ臭いのはおやつのチョイスだけではなく、ダジャレのセンスもそうらしい。僕はスルーしてマンガを読み進めるけど、リアクションがないのが不満だったのか、残念そうにスルメをかじっている。

 

 こんな事を続けていると、いつか学校からお叱りを受けて廃部になってもおかしくないような気がするけど、まあいいや。


 マンガを読み終え、角野先輩に返しに行こうと席を立つ。すると、それまでファッション誌を読んでいた宮部さんがそれに気づいた。


「あれ、それ読み終わった?」

「うん。宮部さんも読む?」

「ああ、これはこの前読んだやつだからいいや。でもそれ面白いよね。続きはないの?」

「角野先輩が持っているかも。今までタイトルも知らなかったけど、意外と面白いね」


 言っておくけど、僕は漫画をあまり読まない人というわけじゃない。ただ、今読んでいたのは少女漫画だった。

 男が少女漫画を読んじゃいけないってことは無いけど、やっぱり少年誌と比べるとどうしても触れる機会が少なくて、何となく敬遠してしまう。これだって勧められた時は少し抵抗があったけど、読んでみるとこれがけっこう面白かった。


「気にいったキャラいた?」

「主人公の本田さんかな。名前が僕と同じだから親近感がわくし」

「そっか、私は由希くんかな。角野先輩から借りたんだよね。私も続き見せてもらおう」


 そんな話をしながら、僕らは角野先輩の所に行く。彼女はかなりの少女漫画フリークらしく、いつも部室に何冊か持ってきては布教活動に精を出している。今更だけど、ここって家庭科部だよね。


 だけどそんな角野先輩は、今はマンガを読む事もなく、ノートに向かって何かを書いていた。


「宿題ですか?」


 二人して声を掛けると、角野先輩は手を止めて顔を上げる。


「いや、そう言うわけじゃないんだけどね」

「それじゃあまさか、家庭科部の活動ですか?」


 もしそうなら驚きだ。まさか、この部にまともに活動している人がいたとは。だけどやはりと言うかなんと言うか、先輩はそれを聞いて首を横に振った。


「違う違う。今ちょっとプロットを練っててね」

「「プロット?」」


 聞き慣れない言葉に、僕と宮部さんの声が重なった。


「そう。プロットっていうのは、漫画や小説におけるストーリーの設計図みたいなもの。誰に何があって、どういう事が起きるのか、それを簡単にまとめたものなの」


 そうなんだ。初めて知ったな。だけど、なんで先輩がそんなもの作ってるんだ?

 そう思ってノートを見ると、そこには文字だけでなくいくつかの絵が描かれていた。美術の授業で描くようなものとは違う、漫画に使われるタイプの絵だ。それも、かなり上手い。


「角野先輩、もしかして漫画描いてるんですか?」

「うん。これに投稿してみようかと思って」


 そう言って取り出したのは、一冊の少女漫画雑誌。あ、今月号だ。後で見せてもらおう。


「毎月、漫画賞っていうのがあって、ちょっと挑戦してみたくなったの。入賞できるとは思ってないけど、やるならいいものを作りたいからね」

「角野先輩、漫画好きなのは知っていましたけど、そんなことまでするんですね」


 宮部さんも、どうやらこの趣味は知らなかったようだ。だけどこんなに上手く描かけるなら、面白い漫画だって描けるかもしれない。そう思ったのだけど、当の本人は困り顔だ。


「描こうとは思っているんだけど、なかなか話がまとまらないんだよね。絵が描けても、話が作れないんじゃどうしようもないよ」


 うーん、確かにそれは問題かも。もちろん僕は漫画なんて描いたことないけど、いきなり面白い話を考えろなんて言われても、そうそうできるものじゃないだろう。


「どんなところで悩んでいるんですか?」

「うん。恋愛モノを描こうと思っているんだけど、私の恋愛知識と言ったら漫画だけで、リアルな経験なんてないからね。二人はある?」


 ここであると答えられたら力になれるかもしれないけれど、残念ながら僕は無い。隣を見ると宮部さんも無いようで、僅かに首を横に振ったきり、黙ってしまっている。

 すると角野先輩は、今度は他のみんなに向かって声を張り上げて聞いていた。


「ねえ、この中に誰か恋愛したことある人っているー?」


 それを聞いたみんな、少しの間お互いに顔を見合わせる。だけど誰も、手を挙げたり声を出したりすることはなかった。

 一人も、恋愛経験はないってことか。


 しばらく沈黙が続いた後、ようやく田辺さんが口を開いた。


「……ジャ、ジャニーズ相手になら」

「はい、ノーカウント! ジャニーズがありなら、私だって乙女ゲーのキャラに恋したことくらいあるわっ!」


 角野先輩がバッサリ切り捨てる。せっかく言ってくれたところ悪いけど、確かに芸能人に憧れたくらいじゃ何の参考にもならないだろう。


 だけど、なぜか田辺さんはそこで食い下がってきた。


「そんなの分からないじゃない。もしかしたら、実は隠れてジャニーズの誰かと付き合っているかもしれませんよ!」

「いくらなんでもそれは無いわ。あるとすれば、芸能人の名を語った怪しいメールに返事をしてしまったくらいよ。もし本当にそうしているなら今すぐ警察に相談しなさい。絶対詐欺だから」

「詐欺じゃありません。私の脳内での出来事です!」


 幸い、詐欺ではなく田辺さんの妄想だったようだ。

 とにかくこれで、家庭科部に恋愛経験がある者は一人もいないという事がわかった。

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