第13話 白鳥部長、頑張る


 家庭科室に着いた僕達は、早速白鳥先輩の手伝いを始める……と言うわけではなかった。その前にあったのが、家庭科部員フルメンバーによる白鳥先輩へのお説教タイムだ。


「だから、もっと早くに何とかしようって言ったじゃないですか」

「その度に、大丈夫だって言ってたよね」

「そのあげく、部外者の工藤君まで巻き込んで」


 全員で部長である白鳥先輩を取り囲み、思い思いの言葉をぶつけている。ここだけ見るとイジメの現場に見えなくも無いけれど、自業自得なのだから仕方ない。


 せっかくだから、僕も今まで思っていた事を言ってみる。


「今さらですけど、どうして真っ先に僕を頼ろうとしたんですか。これだけいるんだから、家庭科部の誰かに頼るべきでしょう」

「だって、皆に知られたら絶対こんな風に怒られるじゃない。だから、こっそり何とかしようと思って……」

 

 モジモジ仕草でそう言った白鳥先輩は、なんだか悪さしたことを隠そうとする子供のようにも見えた。こっそりやるつもりなら、あんな風に騒がないでほしかった。


「結局バレちゃいましたけどね。って言うか宮部さんは僕と同じクラスだし、作業はこの家庭科室でやるんでしょう。隠し通すなんて無理ですよ」

「テヘッ、忘れてた」


 舌を出す先輩を、その場にいる全員が冷ややかな目で見つめている。失礼ですけど、可愛い子ぶっても全然似合ってませんから。この人、美人は美人だけど、ありとあらゆる行動がそれを台無しにしてしまっている気がする。


「それで、いったいどこまで出来ているんですか」

「ふふーん。私だって、ただ遊んでいたわけじゃないんだよ。もうここまでは出来上がってるよ」


 そう言って先輩は、Uの字型にカットされた二枚の生地を見せた。ただそれだけだ。要はまだ、型紙通りに生地を切っただけ。しかも……


「あの、この二つ形が違うんですけど」


 そばにあった作り方の本を見てみたけれど、この二枚は同じ形でなきゃいけないはずだ。しかも、切られた生地の片方は、U字型というよりJ字型と言った方がいいくらいの歪なものだった。もう一つの方だって切り口がやたらとデコボコしている。


「いったいどうしてこんな事になったんですか」

「いやー、せっかく作るんなら、私にしかできないオリジナルのやつにしたいって思って」


 本気で言っているのか、失敗したことへの言い訳なのか。色々言いたい事はあるけれど、いちいち突っ込むのも疲れてきた。

 僕と、それに手伝うと言ってくれた宮部さんはそろってため息をつくと、白鳥先輩に背を向ける。

 これ以上先輩には構っていられない。互いにそう判断した僕達は、さっさと作業を始めることにした。


「それじゃあ、型紙を切るところから始めましょうか。宮部さん、手伝ってもらっていい?」

「もちろん。うちの部長が本当にごめんね」

「えぇーっ、私が切ったのは使ってくれないの?」


 騒ぐ先輩を無視して、本に書いてある通りに型紙をとり、それに沿って生地にペンで印を付けていく。

 もちろん僕はクッションなんて作ったことなんて無いけど、それでもこの部長よりはずっとマシに出来るだろう。それはもう、ほとんど確信と言ってよかった。

 それに何より、僕以上に宮部さんが動いてくれている。


「上手いねえ」

「工藤君こそ、すっごく丁寧にやってるじゃない」


 いやいや、僕より宮部さんの方が、ずっと正確にテキパキと作業をこなしていく。ケーキ作りの時も思ったけれど、この子は本当は女子力が高いのだろう。

 対して僕は、自信が無いから何度も本を見ながらやっている。それを丁寧と言うのは、多分僕なら得意だろうと言う先入観のせいでそう見えているだけ。思い込みって怖い。


 で、僕達がこうして作業している間、全ての元凶はと言うと……


「二人ともがんばれー! ところで、生地にペンで何か書いちゃってるけど良いの?」


 この始末だ。むしろペンで書かなくて、どうやって鋏を入れたんだろう。そりゃ出来上がりが変になるはずだ。


 作り方をちゃんと読んでいれば、こうなることもなかっただろうに。先輩を反面教師にして、僕はより一層慎重に作り方を確認する。慣れない人間が上手に作るには、教科書通りにやるのが一番だ。


 それからいよいよ鋏を入れようとしたその時、先輩が待ったをかけた。


「ちょっと待って。切るのは私にやらせて」

「先輩が?」


 不安と驚きと不安と不安が入り混じった顔で、思わず僕と宮部さんは顔を見合わせる。


「だって、藤村先生の産休祝いだもん。私だって先生にはすごくお世話になったんだし、少しは自分で何かして、こんなの作ったんですよって胸を張って言いたいよ」


 これだと例え完成したところで胸は張れないと思うけど。だけどこの先輩にも、一応先生をお祝いしたいなんて思う心があるんだな。

 さすがにそんな事言われたら、手を出さないでとは言い難い。苦笑しながらも、手に持った鋏を先輩に渡した。


「じゃあ、切るよ」


 恐る恐る、生地に鋏を入れる白鳥先輩。線に沿って切るだけ。ただそれだけの簡単な作業のはずなのに、つい緊張して見入ってしまう。

 他の家庭科部員達もそうなのか、気が付けば全員が、再び白鳥先輩の周りを取り囲んでいた。

 さっきと違うのは、目的がお説教ではなく応援と言うことだ。


「部長、切る時は慎重に」

「生地を真っ二つにしないで下さいね」

「指はまだ付いてる?」

「血に染まったクッションじゃ、先生喜ばないよ!」


 みんな口々にエールを送り、固唾を飲んで見守っている。色々残念な先輩だけど、なんだかんだで部の皆からは慕われているのかもしれない。


 そして、それを受けた先輩は――


「うるさ―――い! 気が散るから黙ってて!」


 大声で怒鳴り散らしていた。

 同時に鋏を振り上げて暴れるものだから、変なところが切れてやしないかと冷や冷やする。でも、それを見つめるみんなはなんだかみんな楽しそうだ。


「こんな部長だけど、結局ほっとけないのよ」


 そう言った宮部さんもまた、微かに笑っている。きっと彼女もまた同じ気持ちなのだろう。

 そう思ったところで、室内に大きな歓声が響いた。


「出来た!」


 そう言って生地を高々と掲げる白鳥先輩に、他の人達が拍手を送る。できたといってもまだ生地を切っただけなんだけどね。


「さあ、それじゃもうひと頑張りしようか」

「そうだね」


 なにしろ作業はまだまだ残っているんだ。むしろこれからが本番と言ってもいい。だけど、手伝おうとしたのは僕達だけじゃなかった。


「これくらいなら私にも出来そう。やらせて」

「部長、ここはこうした方がいいんじゃないですか?」


 結局、他のみんなも代わる代わる白鳥先輩を手伝ったため、僕の出番は思ったよりもずっと少なかった。白鳥先輩の出番は……まあ、要所要所には有ったかな。


 そんなこんなで作業は続き、どれくらいの時間が経っただろう。ついに、部室に歓喜の声がこだました。


「できた、できたよ!」


 完成したクッションを高らかと掲げる白鳥先輩。出来上がったそれは、やっぱりちょっとデコボコしていたけど、作った本人は満足そうだったし、先生もこれならきっと喜んでくれるだろう。


「女子力くん、みんな、本当にありがとう!」

「だから、女子力くんって言うのやめてください!」


 声を上げて抗議すると、それを聞いた他のメンバーから笑い声が上がる。ああ、恥ずかしい。

 だけど、こうしてみんなで何か作るってのは、何だか少し楽しいと思った。

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