第10話 無理な物は無理

「えー、ダメなの?」

「工藤君だけが頼りなのに」

「お願い助けて。私達、雑巾一枚だって縫ったことないんだよ」


 雑巾くらい縫いなよ。えっと、ここって本当に家庭科部だっけ?

 こんなこと言ったら悪いけど、もしかしたらここには、うちの学校の中でも女子力の低い人が集まっているんじゃないだろうかと思ってしまう。


「み、宮部さんは縫えるよね。雑巾」

「そりゃあ、それくらいなら縫えるけど……」

「あ、私も雑巾なら縫える」


 一人の先輩も続けてそう言った。良かった。まともな人も何人かいるんだ。

 だけど他の人は、「へぇ、凄い」などと言っている。家庭科部員がそろっていながら、雑巾が縫えるのは六人中二人だけか。これは思った以上に深刻だ。だけどここは、この二人に頑張ってもらうしかないだろう。そうは思ったけど、それはあまりに甘い考えだった。


「でもね工藤君。雑巾は縫えても子供服なんてとても作れないよ」

「うーん、やっぱり」


 そうだよね。雑巾を縫えるかどうかの話をしているのに、そこからいきなり子供服なんてハードルが上がりすぎるよね。確かにこれなら、誰かに頼りたくもなるかもしれない。



 ただ、それで僕を頼ってもどうにもならない。だいたい、本気で僕なら何とかしてくれると思っていたのだろうか。たとえ多少女子力が高かったとしても、子供服を作れる男子高校生なんてそうそういないとおもうんだけどな。


「悪いけど、やっぱり僕じゃ力になれないよ」

「そんな、女子力の塊みたいな子がいるって言うから、恥を忍んでここまでぶっちゃけたのに!」


 そう言ったのは、部長の白鳥さん。ちなみに彼女は、雑巾縫えない側の人間だ。恥じる気持ちがあるのなら、少しは真面目に活動してほしい。


 あと、僕は断じて女子力の塊なんかじゃない。一体誰がそんなことを言ったのだろう。多分、同じクラスの宮部さん達だろうな。そう思いながら、ジトッとした目で彼女達を見る。


「いや、そこまでは言ってないよ。部長、工藤君が困ってるからちょっと落ち着いて」

「だってだって、これで後は全部丸投げできるって思ったんだよ。お願い、私のだけでいいから代わりに作って!」

「部長!いいから黙りなさい!」


 ああ、宮部さんが怒った。

 後輩に怒られた白鳥さんはシュンとしているけど、これには同情の余地はない。僕は確信する。きっと、この家庭科部で一番ダメなのは間違いなくこの人だ。


 それはそうとして、他の家庭科部の面々も、未だ未練がましく僕を見ている。さすがに丸投げしようとしていたのは白鳥さんだけだろうけど、他の人もできれば力を貸してほしいとか思っていそうだ。

 心が痛むけれど仕方がない。これは、どうやらはっきり言わないとダメみたいだ。


「あの、ちょっといいですか。そもそも、僕も子供服なんて作れませんから」

「えっ!」

「うそっ?」


 真実を告げたとたん、みんなが口々に驚きの声をあげる。僕が子供服を作れないって言うのは、そんなにも信じられない事なの?

 だけどこれは、今まで上がりすぎた女子力のハードルを下げる良い機会なのかもしれない。女子力の塊なんて事実無根の肩書き、自ら消し去ってくれよう。


「そもそも、子供服作れる男子高校生なんて見たことありますか? 作ったって、着せる子供もいないのに!」

「そ、それでも工藤君ならもしかしたら……」

「もしかしないから!」


 声を大にして言うと、さすがにみんな分かってくれたみたいで、ぐっと言葉を詰まらせる。


「そうか、工藤君でも無理か……」


 沈黙の後、宮部さんはがっかりしたように呟いたけど、これが本来の僕なのだから仕方がない。 


「とにかくそう言うわけだから、力になれなくてごめんね」

「ううん、良いの。こっちこそ無理言ってごめんね。やっぱり自分達で何とかしてみる」


 他のみんなも、それなら仕方ないかと納得してくれた。後は彼女たちのがんばりに期待しよう。ただ……


「よし。ここはやっぱり現金を贈ることにしよう!」


 部長である白鳥先輩だけは、相変わらずこんな感じだ。


「だめです。こんな時くらい家庭科部らしいことしようって決めたじゃないですか!」

「えぇ―――っ」


 一喝する宮部さん。相手は先輩だし部長だけど、ここは怒っていいと思う。頑張って。

 先輩達も、それに加わり白鳥先輩を説得している。


「撫子、いい加減諦めて子供服作ろうよ」

「この際、一人だけ雑巾でもいいから」

「と言うか邪魔だけはしないでね。そしたらもう何も言わないから」


 何だかずいぶんな言われ用だ。ともあれ、これ以上僕がここにいても何の役にも立たなさそうだ。


「ねえ、僕もう帰っていい?」

「うん。ごめんね、時間とらせて」


 一応宮部さんに挨拶をし、こうして僕は家庭科室を後にした。

 がんばって。君達がこれから真剣に家庭科部っぽいことをするのが、藤村先生への何よりのプレゼントになるかもしれないから。


 そんなことを思いながら歩いていたけど、その時ふと、根本的な疑問が頭に浮かんだ。


「そもそも子供服って、普通の高校生でも作れる物なのかな?」


 今更それかと思うかもしれないけど、やろうと思えば作れるかどうか、僕にはその判断すらできない。気になったから、ちょっと足を止め、スマホをいじって調べてみた。










 『簡単、自分で作る子供服』『手作りの服を着せよう』


 そんな見出しとともに、画面に可愛らしい子供服が次々と表示される。調べてみてわかったけれど、個人で作れない事もないらしい。ただし、素人が気軽に出来るかどうかまでは分からない。


 一応簡単とか、初心者にもできるとか書いてあるけど、どこまで鵜呑みにしていいか分からない。ましてやさっきの家庭科部の様子を見た後では、不安の方が圧倒的に大きい。大丈夫かな?


 そう思いながらさらにスマホをいじっていると、気になる記事を見つけた。


『産休前にもらって嬉しいもの』


 記事を開いてみると、リラックスできるCDや、自宅にいることが多くなるので図書券を送ると良いなどと書かれている。確かにこれも悪くないかも。ただ、CDは家庭科部っぽくないし、図書券は生徒が先生に送るものじゃないな。現金を送るよりはマシかもしれないけど。

 だけど次に書いてある一文を見て、思わず手が止まる。


『逆に、貰っても正直困るもの。子供服』


 えっ、なんで?

 慌てて記事を読むと、そこにはこんな内容が書かれていた。


『まだ生まれてもいないのに、子供服なんて貰ってもプレッシャーになる』

『好みと違う服を貰っても着せたくない』


 家庭科部のみんなが送ろうとしているのは、まさにこの子供服。これは、まずいんじゃないかな?

 もちろん、送られた先生はそれでも喜んでくれるかもしれないけど、だからといってこんな記事を見てしまった以上、教えないわけにはいかない。


 僕はスマホをポケットにしまうと、急いで家庭科室へと戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る