三 すべてが白い世界

 ……だが、時が経つにつれ、これがそんな面白がってばかりじゃいられない状況であることをひしひしと感じ始める。


 まず、さっき買ったペットボトルのラベルもそうだったが、色が白しかないので絵も字も表すことができないのだ。


 そのもの自体も白いので同じ形の商品の場合、ラベルがないとどれがどれなのか味見をするまでまったく区別なんかつきやしない。


 そればかりか本や新聞はもちろん文字通りの白紙と化してしまったし、看板や標識なんかもすべて役立たずになってしまった。


 また、信号も全部白なので自動車による交通は大変困ったことになる。元日の朝ということもあり、最初の内は車も疎らでまだよかったが、時間とともに交通量が増えてくるとそれはもう大混乱で、クラクションの鳴りやまぬその状況に真っ白なお巡りさんが身振り手振りで交通整理をする始末だ。


 いや、自動車ばかりではない。電車もその車体から色や文字を失っているため、よほどの鉄っちゃん・・・・・でもない限り、その路線を識別するのはたいへん難しく、他方、駅構内の案内板も真っ白だし、中央管理室の機械画面も紙のダイアグラムもまっさらなので、緻密に組まれた電車の運行なんてできたもんじゃない。当然、全線全日運休である。


 交通でいえば飛行機や船も大差な有様で、これにより物流もストップし、すぐに物資不足が怒り始めた。


 だが、物資が不足しても、その少ない物を求めてお客が殺到するようなこともない……なぜならば、それを買うためのお金もないのだ。


 電子マネーやクレジットカードも文字が見えないので使えないし、銀行で現金をおろそうにもATMも同じく使えず、通帳も真っ白になっているので窓口でおろすこともできない。そもそもその通帳やカードがその銀行のものなのかさえ判然としないのだ。


 当然、株やFXなど投資関連もまったく機能せず、金融市場はもう空前絶後の大混乱だ。


 いや、お金関係ばかりでなく、そんなデジタル機器の白化による使用不可は、すっかりスマホに依存している現代人に多大なショックを与えた。


 僕も他人事ではないが、殊にSNSに慣れ親しんだ若者達はそれによる人との繋がりを完全に絶たれ、最早、〝孤立〟と呼んでも過言ではない状況に置かれてしまう。


 他にもタワーマンションや大型団地、ホテルなどでは部屋番号が消失してしまったために自分の部屋がどこだかわからなくなったり、エレベーターも階数が出ないので使えなかったり、とにかく数字に関係するものは影響大である。


 数字以外でも、さっき飲んだコーヒーの如く液体は味を確かめるまで何だかわからなくなったし、レトルトパウチや缶詰もどれがどれなのか見分けつかないし、カリフラワーとブロッコリーなんて完全に一緒だし……細かいことをあげれば枚挙に暇がない。


 人間いかに視覚…特に〝色〟に依存して、この世界を認識していたのかがよくわかる。


 現在、すべてのものが色を失い、白だけになってしまったこの世界において、唯一それまでと変わらない日常を送れたのは視覚障碍者だった。


 視覚に頼らずとも、これまで聴覚や触覚、嗅覚を駆使して生きてきた彼らの生活スタイルこそが、この白しか色のない環境に最も適していたというわけだ。


 生物界では自然環境の変化により、それまで長所だった特性が短所に、短所だった特徴が長所になることがままとして起こる……そうして絶滅と繁栄を繰り返してきた進化の歴史になんだか思いを馳せてしまう。


 とはいえ、現代人類文明の社会システムが機能不全に陥ってしまったため、彼らとてその影響とは無関係でいられないのではあるが……。


 ああ、そうそう。この現象が地球上ばかりでなく、宇宙にまで広がっていることも宇宙ステーションからの連絡を待つことなくすぐに知れた。北欧の〝白夜〟のように、世界中どこでも夜の暗闇・・が訪れることはなくなったのである。


 さらにもう一つ加えると、人々を苦しめたのはそうした生活に直結することばかりではない……この白色のものしか見えない世界、なんともつまらなく退屈なのだ。


 僕だって最初はすごく面白いと思ったし、なんだかシックでとてもオシャレなようにも感じたが、こうしてずっと見続けていると、さすがにもう飽き飽きしてくる。


 景色は見飽きたし、やはり白いものばかりが映るテレビ番組も見映えがしない。それならば、見るのではなく聴く・・ラジオならいいだろうと思ったのだが、当然といえば当然といおうか、ラジオもこの〝万物白化現象〟と正式に名付けられた事態の報道ばかりで、こちらもいい加減、聴き飽きてしまった。


 そんな飽きただの退屈だの言っている場合ではなく、これから人類はどう生きていけばいいかという切迫した問題が目の前にあるのだが、人間、やはり娯楽というものは大切である。


 人は、パンと水のみで生きるにあらずと…というところか……ちょっと意味違う気がするけど。


「ああ、ほんとになんでこんなことになつちゃったんだろう? 神様、これじゃ〝世界が面白くなりますように〟っていう僕の願いと真逆じゃないか……」


 今日も変わらぬ真っ白い景色を眺め、天の神様に愚痴るようにして僕は嘆いた。



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