(32)読み比べ

翌朝九時、集結した一同に大まかな戦略を伝え、その後、阿良川、渡会、稲瀬の順に指示を与える。

特に、稲瀬には含んで聞かせている。

そのうえで準備の指示を出し、九時半の開戦を待つ。


「それにしても、二条里先輩も霧峯先輩も無茶な作戦を立てられますね。一番充実した敵を直接殴って兵力の漸減を図るなんて正気の沙汰とは思えません」

「ああ。正気の沙汰ではない。だからこそ、取ることができる戦法というものも存在する。そして、賭けに出る以上、勝利に向けて淡々と理論を積み上げる」


私の点頭に微笑むと、少女が象徴たる長い髪と黄色のリボンを弾ませて残る全軍の下へと駆け寄っていく。


「戦闘、開始!」


刹那、辻杜先生の号令が轟き、霧峯を先頭にした十四人が堂々と進んでいく。


「しかし先輩、本当にあの人数で第一軍の一年生を中心とした七割を削れると思っているのですか。そうだとしたら、かなり焼が回ったとしか思えませんね」

「ああ、そうだろう。それも、戦列を乱さぬよう堂々とゆっくり進めと指示を出している。本来なら急襲が最適解だ。それも、本陣をほぼ空にしての進撃だから猶更なおさらのことだ。私が敵の参謀ならこの隙に攻撃を仕掛けるはずだ。それも、しっかりと情報が伝わっているならな」

「どういうことですか」

「おそらく、芝本は第四隊の埋伏まいふくの毒だ」


私の言葉に、阿良川の眉がかすかに動く。


「どういうことですか」

「単純な話だ。元々から芝本はこちらの内情を探るために投降させられていたんだ。」

「ですが、それ――っと、おめでとうございます。確かに、先輩の読み通りに芝本君は離脱した模様です」

「で、第四隊に向かっているんだろう」

「はい。腹痛だと言って離れた後、そのまま第四隊に走っています」


だが、状況の変化はそれ以上の現実を伴っている。

遠くに舞う砂塵さじん

第四隊の向けた戦力。

その影が八つあることを認めた瞬間、阿良川の表情にも緊張が走った。


「余裕ですね。この状況下でも、笑っていられるのですか」

「ああ。これを耐えさえすれば、第四隊を吸収できるんだ。なら、笑うしかないだろう」

「どういうことですか」

「単純な話だ。もう間もなく、霧峯が第四隊を攻める。それで、参謀の尹以外を一網打尽にする作戦だ」


私の言葉に、阿良川が目を丸くする。


「どういうことですか。霧峯先輩は第一隊に」

「それなら、稲瀬のダミーを召喚して、稲瀬自身も霧峯の召喚体をまとってもらっている。これで、人数の偽装と姿の偽装が完了」

「ですが、それで攻撃を仕掛ければルール違反になり、先輩が失格になりますよ」

「ああ、だから攻撃はしない。同盟交渉をさせて時間を稼ぐ。その間に、本物の霧峯に奇襲をかけてもらう」


迫りくる八人を前に、私も光陣を展開する。


「後は、自陣に入ってきたところで私が抑えればいい。そう、こうした形で」


先陣を切って突入した芝本に活魚陣を三連続で叩き込み、制圧する。

先陣を切ろうとしていた後輩たちがそれを見て躊躇ためらう。

ただ、その上をアレックスと孔が切り込む。

二重に布いた光陣で防ぐも、鼻先三センチまで薙刀が迫る。

それでも、自らの壁を信じ、さらに光陣を放つ。


「先輩、霧峯先輩がどこからか第四隊に急襲を仕掛けました」

「よし。全力で召喚するんだ。とにかく守り切る。とにかく攪乱かくらんする。それだけに集中するんだ」

「分かりました。それでは撃退します」

「いや、守りに徹するんだ。戦闘不能者は一人でも少ない方がいい」


私の応答に舌打ちすると、阿良川は速やかに二体のマンドレイクを召喚する。

き乱される後輩たちに、構わず突撃を敢行かんこうする孔の一撃が重い。

思えば、個人戦では霧峯と堂々たる立ち回りを見せていた。

ならば、私が真正面からぶつかれば勝ち目などない。

つまり、ここを突破されれば確実な敗北に繋がるということである。


「先輩の博打好きは知っていましたが、ここまで身を削っての博打は割に合いませんね」

「いや、今までの博打はそれ以上にできない作戦だったからだ。でも、今日は違う」


阿良川の手が止まる。

単純な話だ。

勝つことだけを考えれば長期戦とハイエナで事足りる。

特に、こちらには渡会がいるのだ。

早々に負けることはない。

だから、この一戦はその先しか見据えていない博打。


「なるほど、山ノ井先輩との一戦をご所望なのですね」

「ああ。そして、勝つ。皆が頑張ってくれてるんだ。その分、私が頭を絞る」


孔の一閃を光陣で抑える。

しかし、眉間に僅かに触れた一撃だけで視界がくらむ。

押されている。明らかに押されている。

広範のカバーのために広く光陣を展開している以上、その力は分散してしまっている。

実力差のある相手であればさほどに問題ないのであるが、ここまで少なく、かつ決死ともなればそうもいかない。


「阿良川、ちょっと攻めるな」


点頭も待たずに抜刀する。

変事を悟った孔が間合いを取る。

見るからに凝集した覇気が一点突破を思わせる。

単純な攻撃性能でいえば、分があるのは向こうだ。


ならば、やることは一つである。


孔が一歩引く。

鋭い目と拳の先が私に向く。

深く構えられた右腕が微かに震える。


黄龍一点破こうりゅういってんぱ


直線となった孔が迫る。

左手が引き、右手が進む。

紙切れのような防壁は破れ、いよいよ自陣に踏み込まれる。

迫る一点。

それを、剣で、


鳳凰ほうおう剣」


なす。


孔が陣中深くまで飛び込む。

その瞬間を狙い、光陣を張る。


「そんな、かわすなんて」

「悪いが、戦闘で勝つ必要はないからな」


これが個人戦であれば、孔を倒すことを考えなければならない。

が、今は団体戦である。

むしろ、尹を霧峯が倒すまで時間を稼ぎ、孔をこちら側に引き入れることの方が優先される。

そうなれば、一番危険なのはアレックスと協力してこちらの守りを完全に切り崩すこととなる。

だからこそ、分けて封じた。

相手方の最強の駒を。


「全く、攻撃技を他所に撃ってかわすなんて、相手からすれば卑怯なことこの上ないですね」

「ああ。卑怯もラッキョウも好きだけどな」


阿良川の嘲笑に軽口で応える。

孔が切り離された四班はアレックスを除いて既に戦意を喪失しつつある。


「それにしても、霧峯先輩は大丈夫でしょうか。これで、霧峯先輩が返り討ちに遭っていれば、それこそ笑い種ですよ」

「いや、霧峯なら大丈夫だ。いざとなれば退却の判断もできる」

「信頼されているんですね」


嘲笑に耳を傾けつつ、残るアレックスと相対する。

向こうが長物を揮う以上、こちらとしては下手に近づけないようにするのが得策である。

ただ、幸いであるのは技令耐性が低いのか、向こうも様子をうかがいながらの攻撃を繰り返すのみで、光陣の突破に至るような攻撃を仕掛けようとはしない。


それが幸いした。

霧峯が尹を下して第四隊の陣地を制圧したのは十時を回ってからであったが、それまで決定打を受けることなく済んだのであった。




十時半、帰陣した面々と合流した第四隊の面々を中で休ませつつ、次の指示を出したところに戦闘不能とされた尹が姿を現した。

精悍せいかんな姿に中年らしい落ち着きを湛えた表情は個人戦と変わらず、だからこそ強い威厳を私に感じさせる。


「尹さん、どうされたのですか」

「いや、二度も私を手玉に取った君と話をしたいと思っただけだ」


敵意はない。

あればこの人は既に何かしらの策をろうしているはずである。

あくまでも、この人は策略家なのである。


「全く、埋伏の毒が見抜かれ、単騎となった私に彼女を送り込んでくるところまでは予想していたが、まさか私の本質を結解技令だと見抜き、その対策を与えていたとはな。個人戦では全く見せず、強化に徹していたはずなのだが、どこで見破ったのかを伺いたい」

「疑問を感じたのは第四隊を攻撃した班と霧峯の報告がどちらも、個人の戦闘に留まった時です。他の隊への攻撃では、陣地防衛の硬さや相手の強化の具合などの情報、つまり、敵陣に踏み込めたという情報がありました。しかし、それがないということは、一度踏み込まれてしまえばもろいが、強固な守りを敷いている可能性が高いと踏んだのです。そうなると、あてはまるのは広範の防御に適した結解技令ではないか、という結論に至りました。個人戦で使用するには間合いが狭すぎるという部分にも合致しますので」

「ふむ、隠し通そうとしたことが逆に疑念を生んだ、ということか」


尹が蓄えたひげでながら目を細める。

その目に怒りが浮かびそうなものであるが、むしろ、そこに微かな喜色を見たのは気のせいであろうか。


「全く、君達の関係というのは恐ろしい。直接目にしたわけではない結解の崩し方を推理のみで解くというのには恐れ入ったが、その推理に身を委ねた彼女も素晴らしい」

「こちらの大将は陰の気が強い霧峯でしたから、それに対応した結解を二枚張り、その後に陽の気に対抗する結解を張れば盤石ばんじゃくだろうと考えたのは正解だったようですね。準備できた陽の技石は少なかったですから、無駄打ちもできませんでしたし、賭けでしたよ」

「そうだろうな。彼女は陽の技令素養に乏しい。陰の結解を破るには陽の技石を用いるしかないが、結解を解いてからは一つも使用していないからな」

「では、私からもひとつお尋ねしてよろしいでしょうか」

「うん、何か気になったかな」

「どうしてそこまで読まれていながら、私の策に乗ったのですか」


私の問いに、いよいよ尹の目元が下がる。

ふっと息を吐いた壮年は私の肩に手を置き、


「それは、私の結解であれば君の策も彼女も破ることができると計算したからさ。参謀にそれ以外に動く理由はいらないだろう」


笑みを青空に向けた。

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