(28)勇者の光 魔界の闇

半時間の後、山ノ井・内田ペアと渡会・稲瀬ペアの戦いが始まった。


「これ、どっちが来てもきついよね」


霧峯の一言に震える。

確かに、どちらが来てもきついペアばかりである。

渡会が来れば、色彩法の対応が必要であり、内田が来れば山ノ井の手の内を読む必要がある。

そういった意味では、この一戦に力を注ぐべきは我々なのかもしれない。


「ねぇ、博貴はどっちと戦うと思う」


技石での回復を施しつつ霧峯がささやく。


「技令で考えれば、渡会が勝つだろうな」


色彩法を山ノ井が克服する方法が今までの中ではない。

ただ、今までで、あればである。


「ふぅん。で、本当はどっちが勝つと思てるの


鋭く霧峯が指摘する。

刹那せつな、辻杜先生の号令がとどろく。

布団を脱いだばかりの陽光がやたら燦燦さんさんと輝く一瞬であった。







「あれはちょっとねー」


 少女の一言と共に先の戦いが思い出される。




「七音か……」


辻杜先生の一言とともに渡会を複数の技令が襲った。

ランド・ドラゴン戦で見せた彼の四音を一瞬で詠じる言葉を、さらに凝縮させた一言。

その瞬間、渡会を七色の技令が襲い、色彩の波動を成立させる前に渡会たちを畳みこんでいた。


「くそっ、こうなりゃ」


五つまでの属性を突破した渡会が気合で技令を受けつつ山ノ井に突っ込む。

稲瀬が内田の相手をしている今、この場では最良ともいえる判断。が、


「風影斬」


それを、内田が一撃で薙ぎ落す。

稲瀬との殺陣たてを一瞬でかわし、一瞬で全てを無にする。

山ノ井も方向を転じて稲瀬を闇で覆う。

わずか三十秒の出来事に、この世の音はすべからく奪われてしまった。




「多分、あれでも全力じゃないんだろうな」

「だよね。二人ともそんなに疲れてないし、ちょっときついね」


十分間の準備時間で二人して溜息を吐く。

一方、こちらは、という言葉は出てこない。

出さずとも、水上との一戦で激しく消耗したのは拭い切れない事実であった。

故に、長期戦は不利になる。

一撃に全てを賭けて攻め込むのが定石だろう。

それを言い出せないのは山ノ井と内田の読みのせいである。


前の一戦でも、渡会の機転による特攻をかわしている。

あらかじめ読んでいたのか、それとも機敏な連携で潰したのかは分からない。

ただ、正攻法は採り辛く、奇襲もまた危険が大きい。

まともな作戦がない、というのが実感であった。


「うーん、山ノ井君と水無香ちゃんだもんね。何かありそうだよね」


そして、何より怖いのはこの一点である。

内田の戦力も山ノ井の戦力も知っているつもりではある。

だが、先の七音一読もあり、また、内田の雷技令もあり、全てを読める訳ではないということを痛感させられた。

淡々と能力強化を積み上げていかれても困るのだが、予想外の手法で攻め立てられても対処が難しい。

というよりも、この残された力で対応できる自信はない。


「考えても駄目だ。いい材料が一つもない。こうなったら、どんな状況になっても一つの作戦を通すしかないだろうな」

「ヤケになってる」

「半分な。ただ、積みつつ攻撃しつつ一撃を狙うのにはこれが一番だろうと思う。山ノ井が気付く可能性もあるが、気が付いた分を火力が上回れば問題ない。むしろ、山ノ井の性格を考えれば、あるいは」


恐らく突ける隙はそこしかない。

一瞬飲み込んだ言葉とともに少女に告げる。

そこに意志を見る。

二月の空気は冷たい。

それが緊張という名の糸を張り、決意という名の鋼鉄を打ち、意地という名の地をならす。

剣をき、短刀を手にし、静かに戦場へと向かった。




「互いに死力を尽くすことを期待する」


辻杜先生が静かに告げる。

山ノ井は静かに頷き、内田は淡々とこちらを見据える。

私と少女も彼等を見据えるが、体力の差がそのまま迫力の差となる。

それでも、はたから負ける訳にはいかない。


彼女と彼を見据え、一つの気を練る。

ただ一つの気。

それならば、負ける気はしない。

少女も同様に見据える。

いつもの笑顔。

だからこそ平生を保てる。


「準備はいいか」


先生の変わらない冷徹な声。

だからこそ平生を保てる。

撃鉄が落ちる。


「それでは、決勝戦――」


右手の手刀が、


「――はじめ」


振り下ろされる。


「我が手には、古からの技令がある。自然の法則に反し、我が希望を手にする。今、再びその力を手に、新たな世界を創造する。我はこの世界の創造主なり、我が下に新たな精霊よ、新たな御霊よ、新たな人々よ集い給え。無属性技令界」


漆黒が広がる。


一面を塗りつぶす黒。

何もかもをも飲み込む黒。

校舎も生徒も世界も塗りつぶす黒が広がる。

否、展開される。

山ノ井を中心に広がるその世界は、やがて三里四方を何者にも属さない黒一色で固め上げた。


「ほう、無属性技令界、か」


闇の奥から辻杜先生の声がする。


「そう。己が持つ力で世界を塗りつぶす奇跡の法。味方の技力を高め、仇敵の技力を奪う一つの到達点。今の山ノ井さんであれば使える、はず」


内田の言葉に息を呑む。

知らない技令、知らない世界。

それでも、見えない黒い手に抑えられ、心を搦め取られるような感覚が支配する。

本能が危険を叫ぶ。


「戦いの中で成長していく二条里君に勝つには、この世界そのものを味方にするしかない」


右後方からの氷技令をセーターの左肘を犠牲にかわす。

世界と一体化した山ノ井は気配も読めない。

ただ、技令発動の瞬間に放たれる僅かな「匂い」を頼りに焦点を絞るより他にない。


「ええ。博貴に勝つには、完全に圧倒するしかありません。それこそ、一切の隙を与えないほどに」


金属のぶつかる鋭い音が響く。

内田と霧峯の剣劇か。

かすかに行き交う影だけが見えるものの、仔細は不明。

ただただ、不安だけが募る。


それでも、後退はない。

無論、逃げ場などない。

詮方せんかたなく前を見据える。


ほこは盾に、剣はへいに、我を守れ。円陣」


こちらも光陣の結界を張る。

闇に灯る光が、僅かに視界を広げる。

ほの暗い闇の中で一つの可能性にすべてを賭ける。


「レイニン・ナイフ」


霧峯の砲煙弾雨が黒に響く。

技令の海に呑まれ、技力を刻一刻と奪われていく。

が、気にしている段ではない。

心を落ち着かせ、四方に気を配る。

如何いかなる手を用いられようとも、一に全てを賭けるとした作戦会議。

それに従い、霧峯が布石を打つ。

それに従い、淡々と仕込む。

元より敵の奇策は織り込み済み。



ならば、その奇策を腕力で捻じ伏せる。



「敵を抜け、真一文字に駆け抜けよ。活魚陣」


闇を抜ける光が一陣の風となる。

かすかに見えた人影に反応したのか、さらに霧峯の弾幕が濃くなっていく。


「この星の祈りを天上より捧げよ。落雷」


内田の声に応じて、全力で司書の剣のさやを解放する。

解放することで、司書の盾は一つの対技令結界を成す。

無論、全てを相殺することなどできはしない。

が、十分に緩和させた威力であれば受け流せる。


無傷で乗り切る心算つもりなど元よりない。

全力で受け止め、満身創痍まんしんそういの中で勝つ。

闇に重なる二つの詠唱えいしょう

闇に重なる幾重の剣戟けんげき

少しずつ狭まるその空間は、明らかに私に敵意を向けて迫りくる。

気づかれたのかは定かではない。

ただ、山ノ井の技令も内田の刃先も隙あらばと切り込んでくる。


観衆にはどよめきが広がる。

傍からは全てが見えているのか、驚嘆きょうたん嘆息たんそくが混じりあい闇の奥底をらす。

あくまでも、敵を陣地に内包してしまい、実際の空間からの断絶はない技令なのかもしれない。


ならば、勝算はある。

霧峯の猛攻により、既に奇策は八割方成っている。

大地に根を張る以上、陣はける。


「なるほど、八陣図を描いていたのですね」


それを、寸前で山ノ井が見とがめた。


「確かに、これなら内田さんも知りませんから、僕が気付くまでは無防備、ということですか」


山ノ井の周囲に技令の気が凝集する。

以前に四音一読を放った時と同様の現象。

ただ、それが今は彼の陣地の中で行われている。

それに、よもや彼は七つの光を放っている。



で、あれば、その先は一つしかない。



こちらも均質な気の練成を心がける。

気付かれた以上、分は悪い。

それでも、もとより分の悪い賭け。

退くなどという選択肢は、ない。


一音、ともに轟音。

山ノ井から放たれる八つの技力。

整然と荒れ狂う気が四方から包む。


「レイニン・ナイフ」


その周囲を霧峯の薙射ていしゃが囲う。

内田の風も吹く。

が、その風は囲いの外へ。

戦力減への確信。

それが、最後の引き金になる。


「各位に鎮座する守護者たちよ、その力を貸し与えよ。八卦はっけの名の下に陰陽を分かち、八つの力を以って仇敵を討つ。八卦はっけ陣」


凝集した技力を解き放つ。

いや、正しくは拡散させた技力か。

霧峯に放たせたナイフの一つ一つに技力を注ぎ、それを陣に見立てた一大技令。

あの夜、五人の力を以て成した結界を、今度は二人の力で成す。

光の線がつわものとなり、八の力が壁となる。

拮抗する均整に、全ての力を集中する。


八つの力が八つの門を襲う。

休・開・生の三門に迫る力は次々と光の壁を破る。

それでも、力の軽重を変え、受け流す。

なす。

かわす。


山ノ井の苦渋。

内田の先鋭。

霧峯の舞踏。

私の意地。


それでも、貫き通した一つの思いが、やがて無謬むびゅうの盾となった。


消え去る力、勢いを得る光。

闇に残された四者と陣地は、一瞬、静寂に包まれた。


「かかれ」


それを号令でつんざく。

轟音という名の喊声かんせいで以って光のつわものが山ノ井を襲う。

全面攻勢に抗う英雄を、救わんとする勇者は少女に阻まれる。

四方八方へ放たれる鮮烈な技令は光の軍勢を薙ぎ倒す。


それでも、多勢に無勢。

やがて追い込まれた山ノ井が光に包まれる。

歪む闇。

焦る彼女。

なお攻める少女。

光が止むに合わせて失われる闇。

寒空と白砂に戻された我々は互いに肩で息をしつつ立ち尽くしていた。


「技令界が、かき消された」


しかし、その決定的な違いは技力と精神力の有無である。

山ノ井は度重たびかさなる高度な詠唱で既に尽きてしまっており、私は僅かながら温存することに成功していた。

そして、互いに体力を消耗した今、回復技令の余裕となって結実し、それが最後の一手となる。


鳳凰ほうおう剣」


神速を以って残る彼女に斬りかかる。

技力を込めなければ、司書の剣は単なる鈍器でしかない。

その一閃が、前面に全力を尽くさざるを得ない彼女の脇腹を捉え、その一撃に蜂の舞いを失う。


「全く、の、無防備、でした、ね」


気を失った内田を霧峯が支える。

私も着地と同時に膝を折る。

それを見た先生が戦闘止めの合図を出すまでに、そう時間はかからなかった。

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