(6)警邏(けいら)

 翌朝、昨夕の襲撃事件を辻杜先生に報告した。不機嫌そうにパイポをくわえた先生は、それでも、大人しく私達の説明を聞き、終わるやすぐにうなずいた。


「マンドレイクか、陰の召喚技令では中級の入り口だな。様子見に放ったか、何かの足止めとして置いたかのどちらかだろうな」


 黄色いプラスチックのパイプが辻杜先生の口元で踊る。


「レベルとしては水上でも召喚できる程度だが、それを五体同時に遠隔操作するということはそれなりに技力ある使い手の仕業だろうな。どちらにせよ、情報が少なすぎる」


 先生の言葉に内田がうなずく。状況が今一つかめない私と霧峯はただただ呆然ぼうぜんとする。


「二条里、その道を使うのはお前らだけか。今のお前らを相手にマンドレイク五体では分が悪い。しかし、もし他の図書部員を相手にするなら話は別だ。それに、強烈な陽の技令を放つお前を相手に純粋な陰の幻想種を放つなど単なる自殺行為だ。足止めもそう長くは続かない可能性が高い。なら、標的が他にあったと考える方が自然だ」

「ですが先生、あの場所は図書部の面々でしたらいつも通る道です。ですので、誰かを狙い撃つなんてことは」

「誰しもが通る。そうか、標的は図書部自体の漸減ぜんげんか。なるほど、運が良ければ消耗しょうもうさせることができ、そのまま個人で討ち取ることもできる。今回は運良く二条里たちが通ったために防がれたが、このやり方は不味いな」

「そうですね。敵に戦力差がある場合、有効な戦術です。特に博貴は何かが起きた際、真っ先にダメージを受けるでしょうから、直接的に手を下すよりはるかに効率的です」


 内田の言葉にあの冬の戦いが頭をかすめる。

 友人の傷つく姿に苦しんだのはついぞ数週間前の話である。あの時、ハバリートを倒すのに必死だった私は先生に言われるまで、敵の監視役がいたことに全く気付かなかった。そして、その次に続いたのは、


「これでお前は分析され、攻略される対象になった。それと同時に、周りにいる仲間も作戦立案上の要素になった。つまり、お前の役割が戦うことから率いることに変わりつつあるということだ。単純に勝つだけでなく、仲間をまもる必要がある」


という先生からの通告であった。


「まあ、いずれこうなることは予想できていた。だからこそ、俺はお前達を部下に置いたんだ。俺だけがやれば全校生徒が狙われることになる。それを、力のあるお前達だけにとどめておくことは戦略上絶対的に必要だからな」


 そう言って先生はライターを取り出すと、軽い音と共に火をける。が、目線を降ろした瞬間にそれを止め、また、パイポをくゆらし始めた。


「面倒だが、これから暫くは図書部だけで集団下校する必要がありそうだな。後から山ノ井を呼んでくれ。図書部の指揮権はあいつにある。山ノ井を中心に行動させよう」


 ばつの悪そうに言った先生は、何事もなかったかのように図書室を後にするのであった。




 昼休み、図書室に集合させられた図書部員は山ノ井の指示によって分隊され、集団下校の道筋が決められた。小学生として扱われているかのようなこの仕打ちに対して、通常であれば文句の一つも出そうなところであったが、それを山ノ井は見事に抑え込んだ。


「色々と思うところはあるかと思いますが、つまるところは命との天秤てんびんです。みなさんをまもるにはみなさん同士で守っていただく以外にはありません。ご面倒かとは思いますが、ご協力のほど、お願い申し上げます」


 図書部のトップ(先生を除く)が深々と頭を下げる姿を他の面々は静かに受け取った。

 それで、問題の隊の中身についてであるが、帰宅方向によって三つに分けられた。第一隊は水上と土柄が担当する早坂はやさか方面、第二隊は渡会と今上が担当する田上たがみ方面、そして、第三隊は山ノ井と内田の担当する小島こしまから町にかけての方面となった。基本的には、担当の二人が先頭と殿しんがりを務めて進み、隊員全員の帰宅を見届けてから学校へと戻ることとなる。面倒なことこの上ないが、万全には万全を期すこととした。この中に私と霧峯の名前がないのは、遊撃隊として学校周辺を徘徊するためであり、緊急時には現場へ急行することとなった。


「緊急時用に各隊に一つずつ携帯電話を配ります。何かありましたら、すぐに連絡を先生に入れましょう」


 そして、それを可能にしたのが、先生がどこからか調達してきた(一説には校長先生が全額を出したという)プリペイド式携帯電話であり、この回収のために担当の二人が学校へ戻ることを余儀よぎなくされたのであった。


「博貴、概要は理解できたのですが、この機械はどのように操作すればいいのでしょうか」


 案の定、一人だけ前時代に取り残された少女がいたが、それをまえての山ノ井ペアである。死角はなかった。ちなみに、山ノ井は個人用の携帯電話を持ってはいるものの「校則」という二文字に従って学校への持参は控えている人物であった。なお、この隊分けの中で携帯電話を所持していないペアは私と霧峯のペアだけであったが、


「へぇ、携帯電話って面白いね」


と、嬉々ききとして霧峯は触り、私はコンピューター系の機械であるため、そのあつかいは往々おうおうにして理解できた。


「いずれにしても、今回の作戦の主眼は全員の生還と力量の底上げだ。各自、隊長と副長の指示に従い、緊急時には全力で対処すること。まあ、これくらいの相手なら、軽い訓練だな」


 先生の締めの一言に並み居る面々の顔が蒼白そうはくとなった。曰く、先の司書の塔攻防戦の際に先生の後に従った部隊は激しい消耗しょうもういられ、それこそ、


地獄じごくであった」


という一言が異口同音に発せられた。

 そして、放課後。書庫復帰の作業を六時までした部員は隊に分かれての下校となった。重労働と来たるべき運命への不安から、その表情はいずれも暗いものであった。そうした集団から抜けた私と霧峯は決められたポイントを回り、わなや敵がないかを一つ一つ確認する。内容自体はごく単純なものであるが、距離が距離だけに存外ぞんがいに骨の折れる作戦となった。


「うーん、やっぱり冬の空気も気持ちいいね」


 そのような中で、あいも変わらず元気であったのは目の前の少女だけであり、この少女だけは極寒ごっかんの大地にあってなお、うららかな光を放っていた。


「でも、水無香ちゃん、やっぱり機械とか苦手なのね。そんな感じかなって思ってたけど、可愛かわいい一面よね」

「この前は洗濯機を葬りそうになったな、そういえば。長いこと外界と隔絶されていたから仕方ないんだが、一緒に暮らす身としてはもう少しどうにかなって欲しいもんだよ」

「ダメ。それじゃ、水無香ちゃんらしさがなくなっちゃうよ。機械が苦手なところも含めて水無香ちゃんなんだから」


 しかしまあ、内田からすれば残酷ざんこくな会話をしているものである。当の本人がいれば間違いなく不満をあらわにしていただろう。


「それにしても寒いな。なんでこんな寒い日に学校の周りを徘徊はいかいしないといけないんだよ」

「いいじゃない、健康的で。博貴って気を付けないと家でゴロゴロしてるタイプでしょ」

「だからって、この寒さはなあ」


 動こうと何をしようと寒いものは寒いのである。因果いんがの逆転が難しいように、つらいことに変わりはなかった。それでも、頑張がんばって話をしながら必死に気を逸らすようにしていた。


「そういえば、霧峯のナイフってどうなってるんだ。この前、私がナイフの見えるのを驚いていたが、何か細工さいくがしてあるのか」

細工さいくっていうより、このナイフって技力がそのまま刃になってるの。だから、技力のない人にとってはただの棒にしか見えないんじゃないかなって」


 確かに、よくよく見てみればそのナイフの刃はきらめくというよりもらめくという方が正しく、技力の流れによってわずかにその形を変えている。迂闊うかつなことに、私は戦っている相手の正体に気付くことなく、決着を迎えていたのである。また、内田から怒られる要素が一つ増えてしまった。

 日は既に姿を消している。木々の合間からのぞくネオンが下から騒ぎ立てる。少女が織りなす輪舞りんぶの前で、私は雲の横たわる空を見えた。

 その時、暗黒騎士のテーマが流れ、機械が夢の終わりを告げた。


「今日は異常なく帰宅が完了した。お前らも戻ってこい。作戦終了だ」


 装飾を外した言葉に平生へいぜいを確認し、私は少女と共に学校へと戻った。

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