第10話 門番

 二人は息を飲んだ。灰色の扉の前に立つのは、見間違えることなく村長だった。

 驚く二人を置き去りにして、村長は言葉を続ける。



「試練と言っても大したことじゃない。レファとコズのうちどちらか一人でも、この開いた扉の向こう側に入れば良い」



 村長は柔和な笑みを浮かべて言う。



「ただし、私が邪魔をするが」



 村長はあくまで笑みを絶やさなかった。それがかえって、二人の不安をあおった。



「えーっと、村長……?」

「やろう、コズ」



 懐疑的かいぎてきな態度をもって歩み寄ろうとしたコズを手で制して、レファは静かに言った。魔法に殆ど触れたことがないコズは気付いてはいなかったが、レファはある事実に気付いていた。

 この村長は、村長自身の魔法によって作り出された幻影のようなものである。それは、魔法が常識として存在しないこの国において、いびつな事実のようにレファには思えた。



「君の国の長は、魔法を使えたんだ。これは本当の村長さんじゃない。扉を守る門番、僕らを試すための試練なんだ」

「タネばらしが早いぞ、レファ君。 はっはっは」



 村長はさほど気にしていない様子で笑う。



「ええ、コズが全力でやれなければ意味もないですから」

「それもそうだ。……では来ると言い」

「どっちか一人でいいんでしょ、村長ったら舐めすぎかも」

「ちょっと!」



 レファが止める間もなく、コズが飛び出した。槍の柄を地面に突き立て、跳躍ちょうやくを試みる。

 


くでない」

「あわっ、とっ」



 しかし、その試みは村長の右手から走った閃光によって失敗に終わった。槍の柄を支えていた地面が抉られ、でこぼこに地面が露出する。

 支えを失ったコズは、つんのめって地面に倒れこむ。



「コズ。これは試練なんだ。僕らの」

「二人?」

「そう、二人。だから、二人で力を合わせないといけない」



 レファは冷静に考える。村長は試練と言った。ならばそれはなんらかの資質、あるいはそれを気付かせるために用意されたはずだ。そして村長はあおった。それは試練を誤認させるための簡単な罠だとレファは認識する。



「やみくもに僕らがそれぞれで扉を突破しようとするんじゃない。二人で協力して、どちらか一人でも突破するようにすればいいんだ」

「なーるほど」



 レファの言葉にコズは合点がてんがいったように頷く。



「耳を貸して」



 レファはコズに耳打ちをする。村長の幻影は黙ってそれを眺めていた。作戦を立てる時間は容認されているようだ。

一通りレファはコズに話し終えると、確かめるように頷いた。コズもそれに呼応して頷く。そして二人で同時に村長の幻影に向き直った。

 そして、レファは幻影に詰め寄った。

 

 

「ふっ」



 力を込めて、剣を振り下ろす。幻影はそれをするりと、水のように避けた。



「やっぱり、幻影でも避けないといけないんですよね」



 それはレファの予想通りの行動だった。幻影とて、かき消されてしまえば何も行えない。故にレファは幻影に対してたて続けに攻撃を加えて隙を作った。

 そしてその隙をつくように、コズが走りこむ。



「まだ甘いっ」



 しかし、幻影はその姿を見咎みとがめると、空いた片手から閃光をほとばしらせた。光が地面を抉る。

 だが、今度のコズはその地面よりも数歩手前で槍の柄を地面に立てて軸にし、走ってきた勢いはそのままに幻影目掛けて体当たりを仕掛けた。

 レファの猛攻を避けながらの幻影は、流石に双方の攻撃をさばききる事は叶わず、コズの体当たりを受けて霧散するように揺らめいた。



「うおおおおおっ!」



 その勝機を逃さまいと、レファは雄々しく叫びながら走った。剣をその場に置き、できるだけ身軽に、扉へ向かって矢の如く向かう。



 やがて、幻影が霧散した姿を元に戻すとき、レファの身体は扉の向こう側にあった。

 

 

「いってらっしゃい。レファ、コズ」

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