第十五話:幼馴染の約束

「おはよっ、須賀すがくん!」


「おはよう、小佐田おさだ


 今日も新小金井しんこがねい駅まで律儀りちぎむかえに来た小佐田に、おれはしっかりと挨拶あいさつを返して、歩き出した。


「わー、今日もまた素直だ……まぶしい……!」


 トリックは簡単でおれが東側に立っているってだけなんだが、おれのことを見上げて本当にまぶしそうに目を細める小佐田がおかしくて、「はは」と、少し笑う。


「今、須賀くん、笑った……!?」


 珍しいことが起こった、と、恐ろしいものを見るように小佐田が言ってくる。


「いや、笑うだろ。おれのことを何だと思ってんだよ」


「何って……なんだろ……?」


 小佐田は今日もなぜか自転車を持って来ておらず、片手をリュックの紐にかけて、もう片方の人差し指で自分の唇を触りながら、『うーん……』と考えている。


「別にそんなに考えなくてもいいんだけど」


 おれはいたっていつも通りのトーンでツッコむ。


 ……うん、今のところいい感じだ。今朝けさ電車の中でシミュレーションした通り。


 昨日の夜はおれもどこかおかしかった。普通じゃなかった。


 心臓がやけに高鳴っていたし、スマホの前での自問じもん自答じとうなど、思い出すだけでも恥ずかしい。


 そんな過程があったというのを小佐田に気取けどられないよう、毅然きぜんとした態度を見せることに決めていたのだ。


「うーん……あ、分かった!」


 まだ考えてたのか。


 パン! と一つ手を叩いて、おれの方を笑顔で見上げて言う。


「須賀くんはね、『幼馴染になりたい相手』!」


「ん!? い、いや、そ、そういう意味じゃなくて……!」


 あぶねえ、不意打ちについ仮面がはがれるかと思った……!


「ん、そんなに焦ってどしたの?」


 いや、剥がれてた!?


「いや、なんでもない……」


 早急さっきゅうな立て直しが必要だ。


「ていうかなりたい相手って……。幼馴染って、きょうだいとかと一緒だから、なりたい相手とかそういうんじゃなくて最初から幼馴染かどうか決まってるもんだろ?」


 ていうか小佐田は、かろうじて幼馴染なのがおれしかいないからってことでおれと幼馴染みたいなことをしようとしてるんだろうが……。


「うーん、そうなんだよねえ……」


 むむむ、と難しそうに腕を組む。


「わたし、それで言うと、幼馴染には『約束』が大切だと思うんだよね」


 相変わらずいたって真面目まじめな顔をしたまま、小佐田はそんな話を始めた。


「約束? 約束はちゃんと守りましょう、みたいな話?」


「ううん、そうじゃなくて……。『おおきくなったら、〇〇まるまるしようね!』みたいなやつ」


「ああ……なるほど」


 少女マンガのことはおれにはよく分からないが、少年マンガの世界でも、幼馴染との約束というのはよく見るシーンだ。


「というかね、今日思ってたのは、逆に約束があれば、わたしも堂々と須賀くんの幼馴染を名乗ってもいいんじゃないかな? ってことなんだけど」


「はい……?」


 急に矛先ほこさきがこちらに向いて来た。


「……ということで」


 そんなことを言いながら、小佐田が立ち止まる。


「どうした?」


 つられておれも立ち止まって振り返ることになる。


「コホン……あのね、れんくん?」


「え、なんか始まってる?」


 おれの戸惑いなどどこ吹く風、上目遣いで瞳をほんの少しうるませて、小佐田は、言った。




「30までお互い独身だったら、結婚しよ?」



「…………残念だが、先約ありだ」


 うん、たしかにそれは超ベタな約束だ。ちょっとマセてたらたいていのやつが結ぶ約束とも言える。


「ええっ!? 誰と!?」


あずさ


 小学生の時、梓にそんなことを言われて二つ返事でOKした。向こうが覚えてるかは知らん。覚えられててもなんか気まずいけど。


「ううー……! 本物にはやっぱり勝てないっ……!」


 小佐田は悔しそうに下唇をむ。


 せっかく妙な芝居しばいを打ったのに気の毒なことだ……。


「じゃ、じゃあ、もいっこ!」


 人差し指を立てて「ワンモアチャンス!」と訴えてきた。


「はいはい……なに?」


 小佐田はもう一度コホン、と咳払いをする。


「お互いに、一生に一回だけ、相手に呼ばれたらどこにいても何をしてても駆けつけないといけないっていう権利を持ちませんか?」


「……それも先約ありだ」


「誰とっ!? ううん言わなくていい、どうせ凛子ちゃんでしょ!」


「正解」


「んんんんんんんーーーー!!」


 顔を真っ赤にして抗議してくる。


 いや、抗議されても仕方ないじゃん……。


 おれは歩行を再開する。



 ひとしきり抗議が終わると、小佐田は深くため息をついた。


「はあ……くやし疲れた……」


「なんだその日本語」


 どっちかというと『やみ疲れた』の方があってる気がするけど、なんかそれだと人が亡くなったみたいなので言わないでおく。



「はあ……ふう……」


 動悸どうきを押さえつけるかのように、まだ小佐田は何回も大きく息を吐いている。


「ため息多いな、まだくやし疲れてんのか?」


「ううん、そうじゃなくてね……。えと……じゃあ、この約束は……?」


「もう一個じゃないのかよ」


 おれのツッコミを無視して、小佐田は歩きながらおれの右袖みぎそでをつまむ。


「あのね、須賀くん」


「ん?」


 そして、小佐田は斜め下にうつむきながら、その耳を真っ赤にして、言う。




「今日の放課後、一緒に吉祥寺きちじょうじに行きませんか?」




「へ……?」


「……ダメかな? 先約、あり?」


「先約は、ないですけども……」


「……じゃ、約束」


 小佐田は呆然ぼうぜんとしてるおれの右手の小指に自分の左手の小指をそっと絡めて、きゅっと握って、名残なごりしそうにそっと離す。


「ほぁぁ……緊張した……こういう策士さくしみたいなことは、もうやめよう……」


 いや、全部聞こえてますけども……。

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