闇竜飛翔

星月 猫

─覚醒─

夢を、見た。

俺は時々、この夢を見る。

自由に空をかける夢だ。

……妙に体が大きい気がするが。


ぼうっとしていては魔法学校(名門らしい)に遅れるので、見慣れた黒髪とあかい瞳を鏡に映しつつ顔を洗い、足に白い布を巻いてから、制服のズボンを履いた。

そのあと上を着るのだが、その前に……

「オスク、起きてるー?」

ドンドンとドアを叩く幼馴染みの声がした。

ナイスタイミングである。

「おうルアル、開いてるぞ」

俺が言い終わらないうちにドアが開き、少女が入って来た。

長く伸ばした白銀の髪に、青い瞳がなかなかに美しい少女だ。

「おっはよーオスク。さて、さっさと巻こうか」

俺をあだ名で呼び、机に投げてあった白い布──包帯を手に近づいて来た。

俺は羽織っていたシャツを椅子に置いてから、ベッドに腰掛ける。

ルアルは慣れた手つきで肩甲骨の辺りを中心に包帯を巻いて行く。

「いつも有り難いんだが、まだ夜も明けてないんだからな?……俺はともかくとして、絶対他の奴に見られるなよ?一応ここは"男子寮"なんだからな?」

そんな文句はどこ吹く風といった顔で幼馴染は包帯の端を結ぶ。

「はいはい、わかってますよー。次、腕ね」

ため息をつきつつ、腕を伸ばす。

これも、いつもの会話だった。

ちなみに、この包帯はただの包帯ではない。

魔力を抑えるという特性を持つ木の繊維と、封じの魔法を合わせて作られた包帯だ。

何故、そんな物を使うのか。

それは俺が生まれ持った特殊な性質に由来する。

「なぁ……コレ、怖くないのか?」

包帯を巻かれて行く腕や背中、足の所々には本来、人間には無いはずのモノがあった。

夜明けが近づいているとはいえ、まだ濃い夜の中でもなお、黒く存在を主張している"ソレ"は──闇色の鱗だった。


***


先祖返り、というモノらしい。

この魔法学校の校長である俺の親曰く、俺たちの遠い先祖は闇色の鱗を持つドラゴンだったそうだ。

さらに彼は魔法の扱いに優れ、それを人々に教えた。いつしか彼は"聡明なる闇竜あんりゅう"と呼ばれる世に名高い竜となった。

しばらくして彼は、一人の少女と出会って家族を持つ。

その血を受け継ぐ俺たちの一族は、魔法に高い適性があるそうだ。

……確かに幼い頃から魔法を使うのは得意だったが、時々力を暴走させたりもしていた。

だからこその魔力を抑える包帯である。

最近ルアル──その頃から仲が良かったのだ──に聴いてみたところ、「あの歳で魔法が使える事自体凄いから!」と言われた。

ウーン……わからん。

ただ言えるのは。包帯をする前からこの鱗を恐れなかったのは、親たち以外には一人だけだったという事だ。それが──


「怖いって、どこが?綺麗じゃない」


ルアルだ。

「……そう言ってくれるのは親とおまえくらいだよ」

ふっ、と微笑んで目を細めた。

もっとも、この学校で俺や両親が竜の血族であることは、それを知って入学してくる者も居るほどに有名な話しなのだが。

それでも褒められて嬉しいものは、嬉しかった。


***


ほぼ全身に巻かれた包帯の上から制服──本で読んだどこかのセカイでは騎士団服と言うものに近い──を着て食堂へ向かう。

ルアルは怪しまれないよう、窓から飛び降りて行った。

どの辺が怪しくないのか疑問だが、これもいつもの事なので気にしない。

食堂前で落ち合い、やはりいつも通りに二人揃って誰よりも早く朝食を終え、朝練をした。

──やがて授業の時間になる。

午前中は座学が多く、午後からは実技である事が多い。

同じクラスの俺たちだが、選択した科目が多少異なるので日の半分は別々に授業を受ける。

1日の授業が終われば合流し、日が落ちるまで勉強や魔法の練習に励んだ。

それぞれに風呂に行ってから夕食を食べに行く。

先に練習をしてからだと、風呂も食堂も空いているのだ。

経営者の息子とその幼馴染というだけで目立つ上に、見た目が真逆である事や成績優秀である所からなのか『黒白こくびゃくの魔竜』などと呼ばれて更に目立ってしまっているのだった。

ちなみに『魔竜』とは『魔法使いと竜の血族』の略だそうだ。

ルアルが何処からか聞き出して来たので間違いはない。

……どうやって聞き出したのかまでは、嫌な予感がしたので聞いていないが。

夕食が終わればルアルを女子寮の前まで送って行き、自分の部屋に戻る。

そして次の日の早朝、ルアルがこっそりとやって来て包帯を巻いてくれる。

それが騒がしくも楽しい、日常だった。


──その日までは。


その日は年に1度の競技祭だった。

正式名称を『魔法競技祭』といい、どこかのセカイでいう体育祭のようなものだろう。

団体や個人競技、演舞などが披露され、学校外からの客も来る一大行事だ。

そうなれば多かれ少なかれ、目立ちたがる奴は居る。

自分たちより目立つ者──それが俺たちだったようだ。

その日の朝は、珍しくなかなか来ないルアルを心配して迎えに行ったのだ。

寮の女子たちは言った。

「えっ、もう居ませんよ?」と。


俺は走った。

アテは無かったが、勘に従って森の奥へと。

どうか無事で居てくれと祈りながら。

得意な魔法をフルに使って体を強化し、走った。

──いつもの全力より、力が出る気がした。


そして、見付けた。


「オス、ク……」

髪は土で汚れ、制服もボロボロになってしまっている、ルアルを。

「げっ、何でここが!?」

それを取り囲む、男女5人ほどの生徒たちを。


強い怒りと共に、体に熱が駆け巡る。

既に自分では力を制御できなかった。

それを抑える包帯モノは……無い。

俺は熱に耐えるようにえた。


『グォォォォォォォォンッ!!』


──その声は獣の雄叫びではなかったか?

そして。

目線が上がって行き、魔力が溢れるのを感じた。

未だ収まらない熱に動かされ、生徒たちを睨みつける。

すると生徒たちは「ひいっ」と声を上げ、我先にと森の外へと走って行った。


ルアルは呆然としているようだ。

一歩、踏み出して気が付いた。

自分の体が人の“ソレ”でなくなっている事に。

手足は太く、体は硬い闇より黒い鱗で覆われ、首を伸ばせば森の木々が見渡せた。

その姿はまさに──


「闇、竜……?」


ルアルの声で、これが幻などではないと思い知らさせる。

そして俺は、その声で冷静さを取り戻す事が出来たのだ。

彼女の様子を改めて見る。

ボロボロにはなっているが、とりあえずは無事のようだ。

ゆっくりと竜のソレに変わってしまった頭を近づけて、魔力のこもった息を吹きかける。すると傷がみるみるうちに塞がり、消えた。

ルアルは驚いたようだったが、それでも俺の頬に触れてくれた。

──「それだけで充分だ」と、俺は目を細めてから。

コウモリのような漆黒の翼を広げ、空へと舞い上がる。

登った太陽の光を反射しながら、キラキラと漆黒の鱗が落ちていった。

もう、ここに居てはいけない。

そう、思ったから──俺は行こう。


「オスク……オスクリタ!!」


ルアルに久しぶりに、本当に久しぶりに──本名で呼ばれた。

ああ、そうだ。俺は闇竜の一族の末裔に生まれた先祖返りにして『闇』を意味する名を持つ者──2代目闇竜、オスクリタだ。

ルアルには悲しい思いをさせる事になるな。

それを申し訳ないと思いつつ、俺は旅立った。


***


あれから数年。

今思えば、なぜ使った事の無い治癒吐息ヒールブレスを使う事が出来たのか。

それは俺の血が……初代闇竜が知っていたからなのだろう。

俺は今も大空を飛び、あちこちを転々としている。


──またいつか、彼女の笑顔を見るために。

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