15 会いに行こう

「そうだ、その手がありました! 書きましょう、手紙。事務所あてのファンレターは返信来ませんけど、自宅に送れば問題ないじゃないですか!」

「確かに……いい案だね」

 と、このはちゃんは大きく頷いた。

 陸先輩、真希ちゃんに、本当に会うつもりなんですか……?

 会ったら、迷惑なだけですよ。

 真希ちゃんたちは、もう、私たちと住んでいるところが違う。

 そう、もう触れてはいけない存在なんだよ。

「よし、そうと決まれば——」

「待って」

 夢佳先輩は陸先輩の腕を握る。

 陸先輩は不思議そうに夢佳先輩を見つめる。

「ご、めん。私、まだ言ってなかったことがあった。——あの手紙書いていたの、私なの」

 夢佳先輩の目から大粒の涙がじゅうたんに落ちて、にじむ。

「え……?」

「私、陸が落ち込んでた時、どうしても、そんな陸、見たくなくて。まーちゃんのお母さんに連絡したけど、つながらないから、じゃあ私が手紙書こうって思って。そうしたら陸、元気になってくれるかなって。陸の笑顔見てたら、止めたられなくなっちゃって……」

 じゃあ、あの時の手紙も。

 もしかしたら夢佳先輩はこのはちゃんと二人きりになるために使ったものだったのかな……?

 陸先輩は夢佳先輩の顔を持ち上げる。

 無理やり目を合わせる。

 夢佳先輩は驚いたように目を瞬いて。

「り、りく……?」

 そして、陸先輩は柔らかく夢佳先輩の頭をなでた。

「ありがとな」

 その言葉を聞いた夢佳先輩は信じ切れていないように眉を寄せる。

「な、なんで……? 私、陸をずっと、だましてたのに」

「違う、夢佳がそうしたのは、俺があんなふうになってたからだ。迷惑かけたな」

「陸……!」

 夢佳先輩が、陸先輩をぎゅっと抱きしめる。

 陸先輩がすみちゃんに顔を向ける。

「秋野、ファンレターに場所と日にち書いて、ここで待ってます。陸って書いたら、会えるよな?」

「それ、いいかも……」

 このはちゃんが頷くけれど、すみちゃんはきっぱりと切り捨てる。

「だめ、だと思います。声優さんはファンレターをもらうのに事務所に行かなくちゃいけないんですけど、事務所ってなかなか行かないんですよ。よく行くのは、収録現場だから。いつそれを読むかもわからないですし、お母さんと連絡がつながらない今、来てくれるとは思いません。たぶん、意図的に、避けられていますよ。住所だって、連絡先だって、知らないんですよね」

 そう、だよね。

 客観的にみてもそう思うんだ。

 真希ちゃん……、私のこと本当はどう思っているの?

 あの時の笑顔は、嘘だった……?

 すみちゃんが言いにくそうに考えを告げる。

「お母さんが真希さんが死んだって言ったのは、もう、忘れてもらうためだった、とか……」

 会話が途切れる。

 死んだなんて言わなくてもよかったのに。

 なんでそこまで、って思うけれど、でも、死んだって言われでもしないと忘れることはないだろうって思う。

 結果的にすみちゃんから真希ちゃんと悠希くんが声優さんになっていて生きていることがわかったけど、わかってなかったら……、生きていない人のことは忘れようってそう思って納得していたかもしれない。

 そこまでして真希ちゃんは私たちに忘れてもらいたかった……?

 陸先輩は自分のスマホから顔を上げて強い意志が感じられる目で私を見る。 

「須藤。俺はなんとしても、真希に会う。今、ファンクラブに入った。CDも五十枚頼んだ」

「ちょ、陸、そんなにお金持ってないでしょ!?」

「大丈夫、バイト始めるから」

 そして、私の目をじっと見つめた。

「俺は後悔しない選択をするから。真希は何も言わなかったけど。でも、真希が意地悪でそんなことするはずはない。何か事情があったんだって思いたい」

 後悔しない、選択……?

 事情って、どんな事情があるの?

 真希ちゃんにとっては都合の悪い思い出だったんだよ。

 なんでだかわからないけれど、私たちに近づかれたくないんだよ。

「陸先輩は……もう少しよく考えた方がいいと思います」

「それは……、どうして?」

「だって……、どう考えても真希ちゃんは、悠希くんは、私たちに会いたいって思ってないじゃないですか!」

 私は声を荒げる。心の底で怒りがメラメラと燃えていた。何に対しての怒りなのか、その時の私はわからなかった。

「無言でいなくなって、私たちに約束だけしておいて……! 最後には死んだって伝えて……? もう十分じゃないですか! 離れろって、暗に言っているんです! かかわる必要なんて、ない。こんな人にかかわる必要なんて……!」

 私はそう言い放つ。

「一ミリもないんですよっ!」

「須藤。それは違う」

 陸先輩はまるで私を諭すかのように静かにつぶやく。

「じゃあ、なんだっていうんですか!? 他に何も証拠なんてないんですよ!」

「……状況だけ見ると、そう見えるかもしれない。だけど、俺らは人間だ。その裏には何かしらの気持ちが隠されている。俺は、真希をよく知っているっていう自信がある。真希は俺をもてあそぼうとしたわけじゃない」

 熱くなっていた頭が一瞬で冷やされる。

 ……確かに、そうだ。

 真希ちゃんも、悠希くんも私をそんな風に思っていなかったはずだ。

 あんなに真希ちゃんたちに怒っておいて、それでもなお信じたい自分がいる。

 私は、陸先輩と違って、素直になれない。

 そんな自分が嫌で……でも、そうすることのほうが、どうしても正しいと思えてしまうのだ。

「会えるとは限りませんよ」

「そうだよね。自分でも、こんなにお金を使うなんて馬鹿だと思う。だけどね、そうしないと、俺は一生前に進めない気がするんだ」

 ハッとしてみた陸先輩の瞳はどこか遠くを見つめていた。

 とてもきれいな横顔だった。






 





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