第55話 私はこうして生きていきます。

 あれから何十日と過ぎた、ある日。

 私はエクサから馬車で一日ぐらいのところにある、村の雑貨屋さんに来ていた。


 棚には、いろんな作物の種やハーブの名前が書かれた壺が並んでいる。

 その中から、目にとまったものをそっと手に取った。


 この鎧の力加減にも、だいぶ慣れてきたみたい。

 こういう壺みたいな壊れ物でも、うっかり壊したりすることは少なくなってきた。

 壺のふたをゆっくりひねって開けると、太陽に照らされた草原みたいな柔らかい香りが広がる。


「そのようなものは、言っていただければ、代わりに買いに行きますのに」


 すぐ横で、ウェナが私を見つめている。


「いいのいいの。私が好きでやってるんだから。それより、これ見て」


 私は刻まれた茶葉の入った壺をウェナの前に持っていった。


「この前、おいしいって言ってたお茶の葉だよ。これでまた飲めるからね」

「あ……」


 ウェナは、びっくりしたようにお茶の葉を見たあと。


「ありがとう、ございます」


 目を細め、微笑んでくれた。

 最近は、ウェナも少しずつ笑ってくれるようになってくれた。

 こっちまで嬉しくなってくるような、かわいい笑顔だ。


 探してたお茶の葉や肥料など、欲しいものを一通り集めてお店のカウンターに持っていくと。


「隊長様からお代をいただくわけにはいきません」


 店員さんが身を引いてそんなことを言う。


「いやいや、それはダメだよ。お金を払わないと、盗賊と同じになっちゃうじゃない」


 私は銀貨をテーブルに置くと、わざと大きく肩をすくめてみせた。


「でも、お釣りはもらうよ? ちゃんと計算してね」

「あはは。では、そのように」


 店員さんは苦笑すると、お釣りの銅貨を渡してくれた。


 エクサ守備隊の隊長になってから、私はなるべく積極的に人と接するようにしている。

 この鎧は、どうしても怖がられるからね。

 表情なんて兜のせいで伝わりようがないし。


「もう買い物はいいの?」


 店の外では、ケイが腰に手を当てて立っていた。銀にきらきら光る新品の鎧がまぶしい。

 そしてその背後には、武装した守備兵さんたちがたくさん。


「うん。一通り村の中を見て回ったけど、荒らされてはいなかったよ。そっちはどう?」

「村の近くは大丈夫そうだった。でも、西の林のほうで人影を見たって報告があったよ」

「はっきりとは分からないのね」


 最近の私たちのお仕事の大半は、エクサ周辺の町や村の見回りだ。

 今日この村に来たのも、近くに不審な一団の影を見たという噂を聞いたからだったりする。


 このあたりの盗賊は、まだまだ減らない。

 怪しい人を見かけたとかの連絡は、毎日のように入ってくる。

 今ではジュリアさんの部隊がエクサ都市内や周辺を守り、私たちが外に出て巡回警備していることが多い。


「じゃ、部隊の半分を村に残して、もう半分を連れて林のほうを見回ってみようか。見通し悪いだろうから、目よりも耳や鼻のいい隊員を集めておいて」


 私が守備隊の人たちに指示を出すのを、ケイは腕組みして見ている。


「どうしたの?」

「いやあ、慣れてきたなって思ってね」

「どうなのかな。自分じゃ、わからないよ」


 私が首を振ると、ケイは微笑んで後ろを向いた。


「んじゃ、行ってみますか。ぱぱっと片づけて、エクサに戻ろう」

「うん。ウェナも一緒にね」

「はい!」


 私たちは歩き出す。

 死鋼の鎧の眠っていた遺跡から出てきたときみたいに、三人一緒に、横に並んで。

 それなりに大変だけど、それでもできるだけ、笑い合えるように。


 こんな、あっちこっちを走り回るような生活だけど。

 うん。充実してる。

 遠くにある気がしてた、本当に欲しかったものって言うのは、気づいてなかっただけで、案外すぐ隣にあったのかもしれないね。

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