第49話 誰の声でしょう?
その声に双鉄拳が小手を止め、ジュリアさんが胸を押さえながら体を起こした。
魔法のマイクを通した声だったみたいだけど、司会さんの声じゃないし、双鉄拳の声でもない。
「間違いないな」
「はい。奴です」
男の人の声にジュリアさんが応える。
どこかで聞き覚えのある声だ。
すごく最近。
≪貴賓席だ≫
ギド王に言われ、振り返ってみて思い出した。
大会開始前にここで演説をしてた、この独立都市エクサの市議会議長さんの声だ。
「なんだあ? 自分のとこの兵隊が負けそうになったら邪魔するのかよ、てめえ!」
双鉄拳が貴賓席に向かって怒鳴りつけるが、議長さんは気にもとめない。
「双鉄拳選手。いや、盗賊団、雷鳴党の首領、マーグ。賞金を掛けられた身でありながら、よくもこの場に出てきたものだな」
「ああん? なんの話かわからねえな」
双鉄拳はそう言って肩をすくめた。
すっごく、わざとらしい。
「言いがかりをつけてまで試合を止めるとは、ひょっとしてこれはイカサマ大会かい?」
「疑ってはいたが、確信がなかった。その角を見るまではな」
ジュリアさんに指さされた双鉄拳が、自分の頭に手を乗せる。
そこには、つるつる頭の中央に、短いけれど、黒くて目立つ一本の角。
「って、髪の毛がない?」
≪ジュリアの足元を見てみな≫
「え、うわ。なにあれ」
そこにあったのは、こげかけた、毛の塊。
ジュリアさんが蹴とばすと、それはコロンとひっくり返った。
その裏側に、半球形をした木の骨組みが見える。
「カツラ、だったんだ……」
≪ジュリアがあいつに魔法を撃ったのは、火球も含めて目くらましだったんだな。あいつのカツラを引っぺがすのが本当の目的だったんだ≫
カツラを踏みつけたジュリアさんが、双鉄拳ことマーグをにらみつける。
「武器を変え、角を隠し、ヒゲまで剃り落として変装したのに、残念だったな」
確か、前にジュリアさんに聞いた盗賊団の首領マーグの特徴は「髪のない頭に一本の黒い角、濃い口ヒゲを生やし、巨大な金棒を得物にする凶暴な男」だった。
カツラとヒゲそり、武器チェンジでごまかしてたのね。
「守備兵、試合場へ展開。マーグを捕らえろ!」
議長さんの号令を受けて、守備兵さんたちが私たちのいる試合場内へと集まってきた。私も遅れて彼らの後ろに続く。
なんだか、頭がついてこないけど。
とても試合を続ける雰囲気じゃないみたい。
「試合、中止かな?」
≪だろうな。あいつが捕まって、終わりだ≫
あっという間に、ジュリアさんとマーグの回りが守備兵の人たちで埋まる。
そこに私たち警備兵も加わった。
全部で百人くらいの兵隊が、お互いの間を詰めてマーグが逃げられないようにする。
その包囲網の中に、ジュリアさんも混ざった。
「何を企んでいたかは知らんが、ここまでだな、マーグ」
そう言ってジュリアさんが左腕を上げると、兵隊が一斉に剣を抜く。
兵隊さんが集まる間ずっと無言だったマーグが、左手で顔を押さえて下を向いた。
「ああ、まったくだ。ここまでだな」
その肩が、少し震えている。
≪笑ってやがる≫
「え?」
てっきり怒ってるか、ひょっとすると泣いてるかって思ったけど。
よく見ると、マーグは確かに笑っていた。
この状況になって、それでも。
それも、今までのような相手を見下すような笑いじゃなくて、諦めた力の無い笑いでもない。
イタズラがうまくいったときのような、引っかかったな、って感じの笑みだ。
「聞こえてるな、てめえら! 予定変更だ。やっちまえ!」
自分の首にかかったネックレスに向かって、マーグが叫んだ。
視界のはじっこの方で火球が飛んでいくのが見えた。さらに、目の前の客席が爆発!
魔法らしい破壊音は止まらず、場所を変えながら何度も響いた。
あちこちから火の手があがり、歓声が途絶え、ざわめきに悲鳴が交じる。
「教えてやろうか。何を企んでいたか、ってやつを」
あたりを見回すジュリアさんに向かって、マーグがまた笑う。
「俺たちの目的は、この大会の賞金。それに、賭け金さ」
「いやいや、それは当たり前じゃない。ここに来る人は、みんなそれが目的でしょ」
私が思わずツッコミを入れると、マーグはさらに笑った。
「カハハハハ。馬鹿だなお前」
≪まったくだ≫
「うー……」
王様まで、ひどい。
「根こそぎだよ、根こそぎ。持っていくのは、当然、ここに集まってる金を全部だ」
ひときわ大きな金属質の破壊音とともに、横のほうで火柱が立ち上った。
あそこは、貴賓席だ!
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