第41話 ウェナも大変なんです。

 そのパワーをフルに活かしたマッサージは、肩から腕、背中、腰から足まで、全身みっちりやっていただけた。

 後半はもう、されるがままの脱力状態。

 骨を通じて全身に響いてくる音と衝撃は、治療というより、修理って感じ?


 最後の足首大回転が終わって、ウェナがビーチチェアから離れたけど、私は動くことができなかった。


「あふう……」

「少しは、痛みが、取れたでしょうか」

「はひい……」


 痛みが取れたというか、他の痛みでわからなくなったというか。

 でも、身体をうまく動かせない違和感みたいなのはかなり小さくなっていた。

 鎧の上からこれだけ正確で力強いマッサージができるのは、すごいことなんだろう。


「他に、足の裏のマッサージというのも、ありますが」


 いつの間にか、ウェナの手に一本の黒い棒が握られている。

 形だけなら、足つぼマッサージ用の木の棒だ。

 ビーチチェアの支柱と同じ、硬そうな黒い金属製っぽいけど。


 あれでゴリゴリされるの?

 足の裏を?

 ウェナのパワーで?


「いや、それはいいです。もう大丈夫です。だからやめて? お願いだから」


 ウェナはうなずいて、金属棒を魔法でしまった。

 無表情のはずなのに残念そうに見えるのは気のせいだろうか。


「動けるのでしたら、試合を見に、行きますか?」

「いや、今日はもう休ませてほしいな」

「わかりました」


 イスに座ったウェナがうなずく。


「明日は、休息日です。今日、明日と、ごゆっくり、お休みください」

「ありがとね」

「いえ。私は、従者、ですから」


 ウェナは困ったように目を背けた。

 どうしても従者ってことで遠慮があるんだよね。

 いつの間にか様呼びが定着してるし。


 もっと仲良くやれればいいんだけどな。


「そうだ。確認したいことがあったんだ」


 ウェナの視線がこっちに戻ってくる。

 従者という言葉で、私は鎧を着たときのことを思い出した。

 その後、酒場で考えていたことも。


「あなたに会って、私が鎧を着た後にさ。ウェナは自分のことを、鎧を着た人に仕える従者だ、って言ってたよね」


 ウェナが小さくうなずいた。


「なぜ、あなたは鎧の従者になったの? この、死鋼の鎧の」


 予想外の質問だったのか、ウェナの動きが止まる。


「よかったら、詳しく教えてくれないかな」

「あまり、面白くないお話ですが、よろしいでしょうか」

「……うん。おねがい、聞かせて」


 このまま何も聞かずにウェナを連れ歩くのは、従者という立場にこだわる彼女を都合良く利用しているような気がして、嫌だった。


 ウェナは少し下を向いて、その小さな手を自分の胸に当てた。


「私は、死ぬ運命だったところを、リギドゥス陛下に助けられたのです」


 ウェナが当時を思い出すように目を閉じる。


「身体の弱かった私は、治療法のない、熱病に冒され、立つことも、できないでいました」


 そうだったんだ。

 私も身体はそんなに強いほうじゃないから、病気の辛さはちょっと分かる。

 そりゃ、不治の病だなんてかかったことはないけど。


「死ぬのを、待つだけの私は、ある噂を聞きました。年老いたリギドゥス陛下が、ご自身が使われていた、死鋼の鎧をのこそうとしている。けれど、なにも知らない者が鎧を着て、魔力を吸いつくされて死ぬのは、止めたい。鎧を管理し、鎧を欲しがる者への警告役となる、従者を探している、と」


 目を閉じたまま、ウェナはそっと自分の胸をなでる。


「陛下の鎧には、すでに、大量の魔力が溜められていました。それを転用し、従者に魔力を分け与え、生命力を活性化させる。それによって、鎧が存在する限り、生き続けることができる、という話でした」


 ウェナが目を開けたが、その視線はずいぶん遠くを見ているようだった。


「病身である私には、他に、助かる道は、ありませんでした。陛下が亡くなり、鎧に陛下の遺志を刻む魔法処理が終わった直後、私は鎧と魔力をつなげる処置を行い、従者となったのです。病気を抑えるだけの、魔力と生命力を、鎧から分け与えられることで、私は今まで、生き永らえることが、できました」

「……そうだったのね」


 治る見込みのない病気によって死んでしまうよりは、鎧と一緒に生きる道を選んだ、ということなんだ。


「その副作用で、肉体は契約したときの姿で固定され、腕力や魔力は、鎧に近い程度にまで強化されています」

「腕力は、さっきのマッサージのときに思いっきり体感したよ」

「あ、痛かったですか?」

「あはは、ちょっとね」


 少しおどけて見せたけど、彼女は無表情のままだ。


「それじゃ、ウェナは鎧の近くにいないと、また病気になっちゃう?」

「今は、生命力が活性化しているので、数十日間ほど離れていても、大丈夫です。それ以上離れ続けて、身体に影響が出始めても、鎧のそばに戻れば、また回復します」

「そっか……」


 私の心の中に引っかかってた、いくつかの疑問は解けた。

 まず、ウェナは自分の意志で鎧の従者になったこと。

 誰かに強制されたわけではないのはちょっと安心した。


 あとは、鎧からあまり長く離れることはできないこと。

 だから途中で従者やーめたって言って離れるわけにはいかないんだ。

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