第39話 相手はお薬マニアだそうです。

 試合場の中央にケイとお薬マニアの人の二人が立って、審判の人が旗を振った。

 ケイが正面から突っ込むと見せかけて、途中で左に向きを変える。

 お薬マニアの人はなにかを投げようとしていたみたいで、狙いを外されてバランスを崩した。


 身体を低くしたケイが左手を突き出した。手のひらから三個の火球が飛び出し、一発がお薬マニアの人のマントに命中する。

 その瞬間、小さな破裂音が鳴ってマントの下から真っ白い煙が立ち上った。

 煙はどんどん広がっていって、お薬マニアの人の姿が見えなくなる。


「なにあれ。火の魔法ってあんなに煙が出るの?」

≪いや、魔法の火は長続きしない。マントの下のなにかに引火したか、あるいは煙幕だな≫


 引火するといったら、やっぱり薬なのかな。

 あんなに煙の出る薬ってどんなのなんだろう。


 ケイは剣を持ったまま煙の柱から少し離れて、流れてくる煙に巻かれないよう風下に移動している。


 もうもうと昇る煙の中から、何かがケイに向かって飛ばされた。

 茶色っぽいビンみたいなのだ。


 自分に向かって飛んでくるビンを見て、ケイが真上にジャンプした。

 その直後、今までケイが立っていた場所にビンが着地し、割れる。

 そこから緑の煙があふれ出た。


≪あれは毒だな≫

「毒? それってまずいんじゃないの!?」

≪あの色は恐らく、昔から使われてるやつだ。命には関わらんだろうよ。吸っちまったら半日は動けなくなるが≫


 お薬マニアのお薬って、毒薬のことだったの?

 なんでもありのルールとはいえ、毒まで使う?


 足元で毒の煙が広がるのを見たケイは、両手を左右に広げた。

 ケイの肌や髪が赤色に光って、そのまま落ちるはずのケイの身体が空中にとどまる。


「え、ケイって空も飛べるの?」

≪少し違うな。熱が出す風を利用して、滞空しているんだ≫


 言われてみれば、彼女の服や髪は下からの風にあおられてバタバタと激しく動いている。

 それだけじゃなくて、鎧の肩や脇、腕などのあちこちが下から開いて、まるで翼のように風を受け止めていた。


≪あの女の得意魔法は炎だったな。あれもひとつの炎の利用法だ。炎が出す熱は、風を上へ上へと巻き上げる。それをうまく応用してるんだろうよ≫


 理科でいうと、魔法で上昇気流を作って、それを利用してるんだろうか。

 緑色の毒ガスも巻き上げられてるけど、ケイの身体に届く前に吹き散らされている。


 空中のケイがなにかを叫んで左手をつきだした。その手のひらから、連続して五発の火球が放たれる。

 火球は全部、お薬マニアの人がいる白煙の柱の中に消えて、闘技場に爆音が響いた。


 煙の色が白から黒に変わり、黒っぽいなにかが柱の中から弾き飛ばされて、床に落ちる。

 審判さんがそのなにかに駆け寄って、様子を見て、旗が振られた。

 客席から歓声と拍手が巻き起こる。


≪勝負あったな≫


 ギド王の言葉を聞いて、私は胸にたまっていた息を吐きだした。

 終わってみれば、ずいぶんあっけない勝負だった。


 ケイはふわりと場内に着地し、観客に手を振りながら控え室へ戻っていく。歩き方とかは普通で、毒の影響はなさそうかな?

 私と目が合ったケイが、片目をつぶって右腕を上げた。

 こっちも同じポーズをすると、膝の上のウェナも遠慮がちに右腕を上げてくれた。


 ケイが控え室の中に入ったのを確認して、私はウェナの肩を叩く。


「ちょっと気になるから、ケイの様子を見に行っていいかな?」

「はい。ご一緒、します」


 私たちは席を離れて、控え室への廊下へ向かった。


「先ほどは、ギド王と、話をされていたのですか?」

「うん、そうだよ」


 途中で、ウェナが聞いてくる。

 けど、それを聞くということは。


「もしかして、ウェナはギド王とはしゃべれないの?」

「はい。王の言葉を聞けるのは、鎧を着た方だけです」

「そうだったのね」


 今はギド王の反応がない。最近だと、起きてるのは闘技大会の試合を見てるときだけだ。まだまだ魔力は足りないみたい。


「ギド王、今は寝てるみたいね。起きてるときはまわりの言葉は聞けてるみたいだけど、私が鎧の契約者だと起きてられる時間が短いみたいなの。なにか伝言があったら言ってね」

「はい。ありがとうございます」

「ん? あそこにいるのって」


 もう少しで控え室だというところで、ケイが途中の廊下の壁に寄りかかってるのを見つけた。


「いやー、臭かったよ」


 最初の一言がこれである。


「臭かったって、あの煙?」

「そうそう。どんな材料使ったら、あんな臭い薬が作れるかなあ」


 ケイはわざとらしく顔の前で手をはためかせた。


「毒だって聞いたけど、具合悪くしてない?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。あれっくらい、どうってことないって」

「そうなの? 見てて怖かったよ」

「大げさなんだよクロウは」


 大げさかな。そうかなあ?


「ねえ、ケイは戦ってて、怖くならないの?」


 無意識に、その質問が口から出た。


「んー? また急な質問ね。でも、そうねえ」


 ケイは身体の向きを変え、私を正面から見る。


「怖くないって言ったら嘘になるけど、このご時世だと戦いは避けられないからねえ。どっちかというと、負けてなにもできずに死ぬほうが怖いかな」


 ケイの言葉で、お腹のあたりが少し痛くなる。

 戦いは避けられない、か。 


「クロウはまだ戦いそのものが怖いって段階だろうけど、戦いってのは続けてたらそのうち慣れるもんだよ」

「慣れちゃう、んだね」

「これでも私はそれなりに戦ってきてるし、去年の闘技大会にも出場したからね。あのときは途中で負けちゃったけど」


 懐かしそうに話すケイは、ちらっと横目で私の手元を見た。


「それより、おいしそうなの食べてるじゃない。私の分はないの?」

「え?」


 ケイが見てたのは、私が持ってたトウモロコシだ。すでにほとんど食べ終わってたけど。


「ないなら、なんか食べ歩きにでも行かない? 今日はもう私の試合はないし、お腹すいちゃった」


 ケイはそう言うと、寄りかかっていた壁から離れて廊下を歩き出した。

 強いなあ、ほんとに。

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