第37話 王者は強かったようです。

「あの全身鎧を運ぶのはきつそうだな。すまんが、みんな手伝ってくれ」


 猫おじさんが近くの警備兵さんたちに声をかけて、大人数で試合場に走る。

 ジュリアさんに倒された鎧の人は、意識はあったけど起き上がることができなさそうだった。

 さすがに全身鎧をそのまま担架に乗せるのは無理で、鎧を脱がそうとしてるんだけど金属板がゆがんじゃってうまく外せないみたい。


≪お前が運んでやったらどうだ≫

「運ぶって、どうすればいいの」

≪なんでもいいだろ。かつぐとか、引きずるとか。お前でも死鋼の鎧を着てるならこのくらいは持てるはずだ≫

「さすがに引きずるのはちょっとかわいそう」


 小声でギド王と話してたら、猫おじさんがこっちを見た。


「もしかして、運べそうかい? その鎧で一日中巡回できるんだから、力と体力がすごいのは知ってるけど」


 うわあ、あの小声でも聞こえたんだ。獣人さんだから感覚が鋭いのかな。


「最悪、引きずるのでもかまわないよ。このままじゃ試合場が使えない」

「それはちょっと気が引けますが、少し試させてもらえませんか」


 私はしゃがんで、あお向けに寝た鎧の人の肩あたりの下に腕を差し込んでみた。

 軽く持ち上げると、思ったより楽に鎧の人の身体が浮き上がる。

 これなら、運ぶことはできそうだ。


 でも、どうやって運ぼう。

 私は人の運び方なんて知らないしなあ。

 ケガ人だから、変な運び方をして具合を悪くしたら大変だし。

 ほら、鎧の人がなにか言おうとして咳をしてる。


 いや、ひとつ思い出した。思い出してしまった。

 あんまりやりたくなかったけど、しかたない。

 私は、鎧の人の肩の下に右腕を、膝の下に左腕を入れて、揺らさないようにゆっくり持ち上げた。


 つまり、あれです。お姫様抱っこです。


「おお、本当にすごいな君は」


 横で猫おじさんが褒めてくれてるけど、すみません、あんまり嬉しくないです。

 これをされるのが私のひそかな夢だったのに、まさかする側に回るとは。


 ささっと救護室に鎧の人を届けて、私たちはまた警備兵の待機場所に戻ってきた。

 猫おじさん、これ要らないかなって言って担架を見てるけど、要りますから。

 これ以上お姫様抱っこなんてしたくないぞ。


≪どうだった、さっきの女の戦い方は。鎧を着た鈍い相手を素早い動きでかき回し、うまく相手の足を止められたら刃で切るのではなく鈍器で殴って中身をつぶす。あれが全身鎧を相手にするときの戦い方のひとつだ。お前ならどう対処する?≫

「どうって、ああなったらもう勝てないよ。ギド王ならどうするの」

≪死鋼の鎧なら、動きに制限はかからないからな。普通に立ち回っても遅れはとらない≫

「じゃあ、さっきみたいに槍をつかまれたら?」

≪槍ごと持ち上げて、投げ飛ばすなり叩き付けるなり、だな≫

「投げ飛ばすって、そんな無茶な」

≪お前、さっきあの鎧を軽く抱き上げたのを忘れたか? 普通の全身鎧はそれだけで子供一人分ぐらいの重さがあるんだぞ。今のお前は、やろうと思えば人の一人や二人くらい軽く投げ飛ばせるってことだ≫

「うわー」


 確かに、不本意ながら、軽々と抱っこはできたんだけど。

 まだまだ力の感覚がつかめないな。


 それより、怖さのほうが大きい。

 あんな痛そうなのを、というか痛いのを目の前で振り回されて、冷静でいられる自信がない。


 死鋼の鎧を着て、多少の危険は跳ね返せる私でもこうなんだから、鎧を着てない他の人たちはもっと怖くて当然だと思うんだけど。

 この闘技大会に出てる選手の人たち、怖くないんだろうか。


 それから何度か試合が行われて、私たちはその度に担架で負けた人を運んで行った。

 たまに、勝ったけど動けない人まで。


 そうしていたら、いつの間にか太陽が真上近くまで来ていた。

 そろそろお昼休憩だった気がするけど。


「もう交代のはずだけど、誰も来ないな」


 控え室のほうを見ていた猫おじさんが、そうつぶやいてから私のほうを見た。


「クロウ君。先に控え室に戻って、交代の警備兵を呼んできてもらえないか? ちょうど試合も途切れてるし」

「わかりました」


 私は控え室の扉の前まで行ってみた。

 試合中に選手が逃げ出すのを防ぐためか、扉のこっち側には取っ手がなくて、中から開けてもらうしかない構造になってる

 ノックしてみたんだけど、待ってても開いてくれない。


「すみませーん、警備兵の交代の方とか、誰かいないですかー?」


 もう一度ノックし、横にほられた壁の溝から中をのぞいたりしていると、ようやく扉が開いた。


「お帰り、なさいませ」


 開けてくれたのはウェナだった。

 ウェナに導かれるまま、私はまっすぐ控え室の中に入った。外との明るさの差が激しくて、控え室がすごく暗く見える。

 ぼんやりした視界の中でゆっくりと足を進めていると、つま先になにかがぶつかった。


「ん?」


 白っぽい小石みたいなものが、いっぱい落ちている。

 ひとつ拾ってみると、ひんやり冷たくて、痛いくらい。


 これ、全部、氷だ。

 そういえば部屋の空気も冷えていて、けっこう寒い。


 見回してみると、控え室の全体に氷が散らばっている。

 控え室の隅っこが一番氷が多くて、そこには誰かが床にへたりこんでるのが見えた。


「ごめんなひゃい……」

「あんたも、その子も、強いです……」


 男の人が二人、おびえきった目でウェナを見上げている。

 一人は、ここから出る前に私たちを見てニヤニヤしてた選手っぽい人だ。


「なにがあったの? これ」

「この者たちが、あまりに、無礼なので」


 ウェナは、青く輝く指先で、自分の額を軽くつついた。

 指先から細かい氷が散らばり、その小さな額に当たって弾ける。


「頭を、冷やして、あげました」


 床で震える男の人たちをよく見てみると、髪の毛が凍り付いてキラキラ光ってる。

 頭を冷やすって、そういう意味じゃないような。


「ちょっとからかっただけなのに……」

「そんなガキがいいなんて、あんたも変態、ひいっ!」


 ウェナが人差し指を立て、その指先の青い光が強くなった。男の人たちが壁沿いに十歩以上は後ずさる。


「わかった、わかったから!」

「もう十分!」


 彼らの平謝りを完全無視で、ウェナは二人に向かって指の光を投げ飛ばした。

 青い光は真っ直ぐ彼らの頭と頭の間を通り過ぎ、後ろの壁に突き刺さる。


 砕けた青い光が氷の粒となって、近くにあった二人の耳から、横顔、首筋あたりまでを、あっという間に凍り付かせた。

 彼らはしばらく、ぷるぷると震えていたけど、同時に気を失ってしまった。


「交代の時間、ですね。食事に、行きましょう」


 ウェナが何事もなかったかのようにこちらを見る。

 これだけのことをしながら、この子は息も乱していない。


 その頼もしい彼女の姿に、つい、いけない考えが頭をよぎる。

 この子が闘技大会に出ていたら、かなりいいとこまで勝ち進めたんじゃないか、と。

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