第34話 今度は試合会場の警備です。

「そろそろ始まるよ。流れてくる魔法に気を付けて」


 猫おじさんの視線の先、今日の私たちの担当する試合場では、二人の剣士が距離を置いて向かい合っている。


 一人は皮の鎧を着て大きめの剣を両手持ちにした、マルチーズみたいな毛むくじゃらの犬型獣人剣士。

 ふっさふさの白い毛の間で、黒い瞳が光っている。


 もう一人は、大きい盾と普通サイズの剣を持った青い肌の人。

 鎧は急所を守るだけの部分的なもので、他は青い素肌。

 盛り上がった筋肉がぴくぴくと自己主張してる。


 闘技場支給の鎧を着て二本の手旗を持った審判さんが、二人に声をかけてから後ろに下がる。


「試合開始!」


 審判さんが声をあげ、二人の剣士が動き出した。


 獣人さんが素早く走って間合いを詰め、下から剣を振り上げる。青肌さんはそれを盾で受け止めて、力任せに押し返そうとした。獣人さんは身体をねじって相手の力をそらし、青肌さんの左へ跳ぶ。


 着地した獣人さんが青肌さんへ連続攻撃を仕掛けた。上下左右、いろんな角度から斬りつけが飛んできて、それを受ける青肌さんはひたすら防ぐだけで反撃しない。


「おお、すごい。このまま勝っちゃいそう」

≪いや、見切られてるな≫

「えっ、そうなの?」

≪よく見てみろ。獣人の剣は盾に防がれてるし、あんな大きな動き方じゃ体力が持たない。そのうちバテるぞ≫


 私の目だと獣人さんの剣が全部見えるわけじゃないけど、確かに青肌さんの身体には届いていないみたいだ。どこも切れたりしてないし、血も出てない。

 よく見ると、青肌さんは獣人さんのように大きく動かず、最低限の動きで攻撃を防いでいた。青肌さんは獣人さんの動きがしっかり目で追えてるみたいだ。


 あんな目の前で剣を振り回されてるのに、よく冷静に見られるなあ。私なら絶対無理だ。


 しばらくすると、ギド王の言うとおり獣人さんの動きが鈍くなってきた。

 全力疾走した犬みたいに、舌を大きく垂らしてハァハァ言ってる。

 振るわれる剣の動きも、目に見えて遅くなっていた。


≪獣人の武器だった速度が落ちた。形勢逆転だな≫

「なるほど」


 タイミングを見計らってたのか、数十回の攻撃をすべて正面から受け止めていた青肌さんが、初めてかがんで剣をよけた。

 相手を逃した獣人さんの剣は大きく空振りして、勢いあまった獣人さんがバランスを崩す。

 青肌さんが、かがんだまま盾を放し、剣を両手に握りなおした。


 鋭い金属音が響き、獣人さんの手から剣が消える。

 いつの間にか、青肌さんが両腕を振り上げた姿勢になっていた。

 弾かれた獣人さんの剣が激しく回転しながら飛んで行き、はるか向こうへ落ちる。


 私には見えないくらいのスピードで、青肌さんが剣を振り上げて獣人さんの剣を弾き飛ばしたみたいだ。


「決まった?」

≪剣だけの勝負なら、これで終わりなんだがな≫


 青肌さんが勝利の笑みを浮かべた瞬間、獣人さんが大きくジャンプした。

 獣人さんの全体重がかかったパンチが、青肌さんの顔にめり込む。

 顔を押さえて後ろに下がる青肌さんに、獣人さんはさらに両手を前に突きだし、なにかを叫んだ。


 青肌さんが顔から手を外すと同時に、獣人さんの手のひらから真っ赤な火球が飛び出す。

 火球は青肌さんの胸に命中、爆発し、彼の身体を炎で包んだ。

 黒煙の中で、青肌さんが剣を落とし、膝を突いて前のめりに倒れる。


≪これがあるから油断はできん≫

「魔法って、ずるいよねえ」

≪まったくだ≫


 審判さんが近づいてきて、煙をあげてる青肌の人の横でしゃがんだ。

 その顔に手をかざした審判さんは、立ち上がって白い旗を獣人さんに向ける。


「勝負あり!」


 とたんに、背後の観客席から大きな歓声と、少しのどよめきが起きる。

 獣人さんは倒れて動かない青肌さんに一礼すると、弾き飛ばされた自分の剣を拾いに行った。


「さあ、出番だよ。一緒に来てくれ」


 警備兵の猫おじさんが、木の棒と白い布で作られた担架たんかを持って試合場へ走っていく。

 私も慌てて後を追った。


 途中で、剣を拾って控え室へと向かう獣人さんとすれ違う。

 彼は肩で息をしていて、苦しそうに目を細めていた。

 演技とかじゃなく、本気でやってたというのが伝わってくる。


「うわ」


 魔法の炎は消えて煙も晴れたけど、倒れたままの青肌さんは完全に白目をむいて気絶していた。

 火傷はそこまででもなさそうだけど、爆発のショックが大きかったみたい。

 彼の頭のほうに回った猫おじさんが、担架を横に置いて地面に膝をつく。


「足を持ってくれ。合図するから、それに合わせて担架に乗せるんだ」

「は、はい」


 猫おじさんの指示に合わせ、私も青肌さんの足元で膝をついてその足首をつかんだ。

 猫おじさんが青肌さんの背中、肩のあたりに手を差し込む。


「いくよ? いちにの、さん!」


 猫おじさんの合図で、青肌さんを担架に乗せる。


「よし、救護室まで運ぶよ。あっちだ」


 私たちが待機していたところからさらに横側に救護室がある。

 担架を持ち上げた猫おじさんがそっちに進みだして、私もペースを合わせて歩き出した。


 死鋼の鎧のおかげで、担架を運ぶこと自体は余裕だった。

 だけど、私の頭の中は今の試合のインパクトが強すぎて、かなり余裕がない。

 猫おじさんに声を掛けられなかったら、あの場から動けなかった気がする。


 この世界に来てそれなりに時間が経ったけど、一対一の真剣勝負っていうのをこんなに近くで見るのは初めてだ。

 闘技大会のチラシに載ってた、武器あり、魔法あり、対戦相手の殺害も事故扱いっていうルールになると、こういう戦いになるんだ。


 衝撃すぎてなにかに例えることもできないけど、闘技大会に出なくてよかったし、出ようとしたウェナを止めてよかった。ほんとに。

 これに参加するケイって、大丈夫なのかな。

 無事に帰ってこられるといいんだけど……。

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