第31話 臨時警備兵のお仕事のはじまりです。

「起きて、ください」

「うぅ」

「時間が、ありません」

「んあぁ、もう少し……」

「警備任務の、開始時間に間に合わないと、違約金を、払うことになります」

「うー、それはだめ」


 お金のことを言われて、寝ぼけた頭が覚めていく。


 ここは闘技場の中にある、警備兵用の二人部屋だ。

 白い石壁に開けられた小さな丸窓から朝日が入ってきてる。

 泊まり込みの警備兵ということで、ここを私とウェナの二人部屋として使わせてもらっている。


 私が起きたことを確認したウェナは、こちらに背を向けて荷物の入った袋をいじりはじめていた。

 私も自分の荷物を開けて、出かける準備をはじめなきゃ。

 今日からさっそく警備兵のお仕事だ。ご飯を食べて、そのあとは闘技場の周りを警備するって聞いてる。


 ここでの私の寝具はハンモックだった。

 揺れに気を付けながら、ゆっくり床に降りる。


 備え付けのベッドはあるんだけど、今の私は寝るときも鎧を着けた状態のままでなきゃいけないわけで。

 鎧のままでベッドに入ったらシーツとかがビリビリになりそうだから遠慮したのだ。

 というかビリビリになるってウェナに言われた。


 そこでウェナが魔法で出してくれたのがこのハンモックだ。

 死鋼の鎧に合わせた特大サイズで、黒く太い金属の支柱に、これまた太いロープで編まれた網が張ってある。

 この部屋はもともと巨人族用だそうでけっこう広かったけど、ハンモックを置くとだいぶ狭くなった。


 ハンモックで寝るのははじめてでちょっと怖かったけど、入ってみたら揺れが気持ちよくて、いつの間にかぐっすり眠ってた。

 これは自宅にもつけるべきかもしれない。冬は寒そうだけど。


 ちなみにこの鎧を見つけた遺跡でもウェナが大きな鏡を魔法で出し入れしてたけど、彼女はある程度の大きさの物なら魔法で小さくして収納したり、元の大きさに戻したりできるらしい。

 魔法、便利だなあ。


「準備、できました」


 ウェナは闘技場から貸し出されたデザイン重視の鎧を着ていた。

 昨日ここに来たとき、闘技場の受付の人たちが来ていた派手な鎧と同じタイプのものだ。

 やっぱりこの鎧がここの制服みたい。


「おお、似合ってる。けど、ちょっと待ってね」


 鎧の肩の出っぱった部分がウェナの細い青髪にからまりそうだったので、耳の上あたりで結んであげた。ちょっと小さ目のツインテールだ。

 髪を結ったウェナは、今までの下ろした髪とはまた違ったベクトルで可愛い。


 私はというと、死鋼の鎧のままだ。

 警備兵の目印として右腕に腕章だけつけている。


 この鎧の上からさらに鎧を着るのは無理だし、この鎧を外して警備する気もないしね。

 そもそも死鋼の鎧は脱いでも戻ってくるんだから。


「そろそろ、食事に、行かれますか?」

「うん。行こっか」


 私たちは闘技場の中にある職員用の食堂で朝食を済ませた。

 といってもウェナは水だけなんだけどね。


 食器を片付けたら、次に行くのは警備兵の控え室だ。

 中に入ると、椅子に座っている二人の猫獣人さんがこっちを見た。

 一人は灰色毛、一人は白毛に黒ぶち。

 どっちもウェナと同じ警備兵用の派手な鎧を来てる。


「ああ、来たね。おはよう」

「おはようさん」

「おはようございます」

「おはよう、ございます」


 猫そのものの可愛い顔と、低音ダンディボイスのギャップが大きい。

 今日の警備を私たちと一緒にしてくれる、ベテラン警備兵の人だ。

 昨日のお仕事説明の時にも顔を合わせているけど、いろいろ教えてくれる親切なおじさんである。


「今日の仕事は、闘技場の周りを歩いて巡回だよ。準備はいいかい?」

「大丈夫です」

「はい」


 私とウェナが答えると、猫おじさんコンビが立ち上がった。


「それじゃ、ついてきてくれ」


 猫おじさんたちが外に出て、私たちもその後に続いて闘技場の廊下を歩く。


 闘技場の内側も、外側と同じ白い石材で作られてるみたいだ。

 役所と同じガラス玉みたいな魔法の照明はついてるんだけど、この廊下は天井も横幅も広いから光が届ききってなくて、ちょっと薄暗い。

 職員用だからか人も少なくて、ちょっと怖い感じ。


 事務員さんが出入りしているいくつかの扉の前を通り過ぎると、廊下が終わって闘技場の通用口まで来た

 私たちが昨日に入った正面入り口とはちょうど反対側だ。

 今日も外は晴れていて、太陽がまぶしい。


 黒ぶちの猫おじさんが、門のそばに立っている警備兵さんに向かって手を振る。


「お疲れさん。巡回に出るよ」

「ああ、了解。こっちは異常なしだ」


 門の左右についた警備兵さんが猫おじさんに応える。

 右の警備兵は鹿の獣人さん、左側はトナカイの獣人さんだ。

 二人とも立派な角が生えてて、ちょっと迫力がある。


「それじゃ、二人は俺たちについてきてくれ。歩きながら説明しよう」


 灰色毛の猫おじさんに手招きされて、私とウェナは闘技場の壁に沿って歩き出した。 

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