第13話 ウェイナリアを見てたら誤解されました。

「いったい、なにを考えているのかな、あぁたは」


 横から、ふてくされたような声が聞こえてくる。

 と思ったら、いつの間に立ち上がったのか、ケイが私とウェイナリアの間に割り込んできた。


 ケイは半開きの目で私を睨んでいる。


「ジロジロとぉ、なめるように見ちゃったりしてさぁ。ひょっとして、あぁたはこういう子が好みなわけ?」

「な……」


 ケイは、私がウェイナリアに向けた視線を別の意味に考えたみたい。

 というか、なんでそんな発想が出てくる?


「いい? ウェナちゃん。ああいう、ジトーッとこっちを見てるようなやつには、気をつけなきゃダメよぉ」

「ウェナ、ちゃん?」


 ウェイナリアがわずかに首をかしげている。その少し驚いたような口調に、私は感情らしいものを感じた。

 これからしばらくは彼女と旅をするんだ。愛称で呼ぶのもいいかもしれない。

 できるなら、お互い楽しくやっていきたいし。


「あんなのは、なにしでかすかわかったもんじゃないからねぇ。あっちが女だからって、油断しちゃだめ。あ、そうだ! あたしが今夜、ああいう奴の撃退法を、たぁっぷりおしえてあげる!」


 ……ケイの様子がおかしい。

 ケイが座っていた席を見てみると、酒ビンがいつのまにか五本に増えている。

 しかも、全部横倒しにされている。


「ちょっとちょっとちょっと、なに言い出すのケイ」

「あによ! まさかあぁた、今夜いきなり、この子に変なことする気じゃないでしょうねぇ!」


 私は思わず下を向いてため息をついた。

 ケイの発音と考え方は、お手本と言えるくらいの見事な酔っぱらいになっちゃっている。


「ウェ~ナちゃん。今日はぁ、お姉さんと一緒に、寝ましょうねぇ~」

「あの、私は……」


 ケイはウェナの背後から腕を回し、頬やら頭やらをなで回していた。

 ウェナはどうしていいかわからないのか、私とケイを交互に見つめるだけだ。

 物事をうじうじ考えがちな私よりも、あっけらかんとしたケイのほうがウェナの感情を引き出してくれるんじゃないかって気もする。


 どうしたもんかなあ。


「というか、まだ部屋とってなかったっけ」


 手招きで呼んだ店員さんの前で、カウンターに部屋の代金を置いて見せる。


「泊まりたいんですけど、まだ部屋は空いてます?」

「普通の部屋なら空いてるが、そんな大きな身体が収まるベッドはうちにはないぞ」

「へ?」


 一瞬、何のことかと思って、指さされた自分の身体を見る。

 ああ、鎧のことね。

 確かにこの鎧の大きさなら、中の人のサイズも大きいと思われてもしかたない。


「大丈夫ですよー。中身は普通の大きさです。鎧は脱ぎますから」


 私は、なにも考えずにそう言ったのだけど。


「外すことは、できません」


 あっさりとウェナに否定されてしまった。


「えっ?」

「ギド王の鎧は、あなたの望みがかなうまで、決して、離れることは、ありません」

「あらぁ~、取れないのねぇ、それ。かぁわいそぉに、一生そのままねぇ~」


 ウェナに後ろから抱きついたケイが、ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべている。


「外れないって。本当に、絶対に、脱ぐことはできないの?」

「一時的になら、可能です」


 ウェナがケイの腕を振りほどいて私の身体を指さした。


「鎧を外す、という意志を集中すれば、鎧は、その身体から離れるでしょう。ただし、離れていられるのは、およそ、二ウェルほどです」

「二、ウェル? って、なに?」

「あ。今は、使われていないのですね。ウェルとは、リギドゥス王がおられた頃の、時間の単位です」


 口元を手で押さえたウェナが、少し考え込む。


「そうですね。夕方、太陽に赤みがさしてから、沈みきる程度の、時間です」


 それって、一時間から二時間ぐらい?

 そんなに長くはないよね。


「その時間を過ぎるとどうなるの?」

「鎧は再び、クロウ様のもとに、戻ります。再び鎧を外すには、およそ一日の、時間が必要です」


 私は、鎧は自由に着け外しできるものだと勝手に思ってたけれど。

 どうやら、甘かったみたい……。


「慣れていくにつれ、外していられる時間は、伸びていきます。いずれは、ある程度、自在に操れるように、なります」


 いずれは。

 つまり、今は一時間ぐらいでがまんしろということなのね。


「馬小屋のワラ山でよければ、その身体の大きさでも寝床代わりになるとは思う。あんたがいいなら貸せるが、どうするね」


 横から店員さんが遠慮がちに声をかけてくれた。


 一瞬、他になにかいい方法はないかと考えたけど。

 結局、私はうなずくしかできなかった。

 暖かいベッドは、とうぶんお預けかなぁ。


「しょうがないか。それじゃ、それで」


 私が言うと、ウェナがカウンターに身を乗り出した。


「それでは、私も一緒に」

「それはダ」

「ダメ! ちゃんと部屋で寝るの!」


 言いたいことをケイに先に言われた。


「ですが、私は従者ですので」

「そんなこ」

「そんなこと言わないの! ずっとあんな遺跡の中で過ごしてたんでしょ? ベッドで寝られるときは、ちゃんとベッドで寝るの!」


 またも言いたかったことを先に言われる。

 私としても、普通にベッドで寝られるウェナを馬小屋に付き合わせるのは気が引けた。

 酔っ払っているとはいえ、ケイもウェナを気にかけてはいるんだよね。


「えーと。ウェナ、私もケイと同じ考えなの」

「あの、ですが、それでいいのでしょうか」

「私はしょうがないから気にしないで。ウェナはベッドでゆっくり寝てね」

「承知、しました。それが、クロウ様のお考えであれば、従います」

「それじゃ、ウェナちゃんはこっちね~」


 ケイが再びウェナに後ろから抱き着く。


「それも、確定、なのですか?」


 まぁ、ウェナの外見は子供だし、一人で泊まらせようとしても店員さんに止められそうだ。

 ケイと一緒の部屋のほうがよさそうかな。


 酔っ払ってるけど。

 かなり酔っ払ってるけど。


「うん。せっかくだからケイについていってあげて。女の子同士、仲良くね」

「女の子って、あによ! あたしは、大人の女よ! 淑女なのよ!」


 淑女はそんなペースでお酒飲んで大声出さないと思うよ。

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