第6話 鎧を着ることができました。

≪ほら、もう泣くんじゃない。胸を張りな≫


 まだ涙は収まらなくて。


「リギ、ド、ウ、ス、王……」


 とぎれとぎれにしか話せない。

 でも、そんな私に、リギドゥス王は優しく微笑んでくれた。


≪ギドでいい。これからはギド王と呼びな≫


 そう言ってくれた王様は、私の頭に手をのせた。


≪どうだ、少しは落ち着いたか≫

「……はい」

≪よし。なら、もうちょい説明させてもらうぞ。こいつは無敵の鎧と言ったが、欠点もあってな≫

「欠点?」

≪長く使ってたせいかな。この鎧はいつのまにか、所有者である俺に吸い寄せられる性質を持っていた。他の奴が着ようとしても、弾き飛ばされるようになっちまった≫


 言いながら、ギド王は自分の胸の鎧をこつこつとつついた。


≪俺が死んだ後に、この鎧が誰にも使えないガラクタになるってのは気に入らない。だから俺は、俺が死んでからも別の者がこの鎧を使えるようにならないか、国の学者に研究させた≫


 ギド王が、今度は自分の額を指さす。


≪その結果、鎧の制御役として、当時の俺の記憶と意思を鎧の中に刻んで残すことになった。それが、今お前と話をしている、この俺だ≫

「それじゃ、ギド王、本人は?」

≪とっくに寿命で死んでるよ≫


 それじゃこのギド王は、意識のコピー、みたいなものなのかな。


≪この鎧に宿る俺の役目は、みっつだ≫


 ギド王が右手を前に出して、指を三本立てる。


≪着たいって奴の魔力や余命に合わせ、吸収される魔力の量をある程度調整すること≫


 あ、際限なくひたすら吸われ続けるわけじゃないのね。


≪そして、そいつの目的が達成できる、かつ死なない程度の期間を決める。言わば着る期間の契約をすること≫


 ギド王は立てていた指の二本を折り、最後の一本を横に振った。


≪最後に、契約が終わったときに鎧が魔力を吸おうとする力を遮断して、着ている奴から鎧を引きはがすことだ≫


 ちゃんとした契約だ。

 呪いの鎧の契約って聞くと、なんというか、取り返しのつかない大変なことってイメージがあるけど、そんなことはないらしい。


≪普通の奴なら、生きて鎧を着続けられるのは、せいぜい三年。だが魔力のない俺は、二十歳かそこらでこの鎧を着始めて、それから五十歳過ぎまで生きられた≫


 ギド王は、教え子に言い聞かせるような優しい口調で語り続ける。


≪魔力のないお前がこの鎧を着ることで生命に関わる影響は、ゼロとは言わんが相当少ないと考えられる。わざわざ期限を切ることもないだろう≫


 王様は立ち上がると、じっと私の目を見た。


≪もっとも、着ている者から魔力を吸えない以上、鎧は周囲の魔力だけを使って動かすことになる。そのぶん鎧の力が落ちるということは覚えておけ≫

「はい」

≪よし、説明は以上。お前は兜をかぶり、意思を示した。俺は承諾し、説明をした。これで契約成立だ≫


 その言葉と同時に、私たちの周囲の闇が、風に吹かれて霧が晴れるように薄れていった。

 闇と一緒に、ギド王の姿もかき消えていく。

 不意の白い光に、私は思わず目を閉じた。


≪お前の望みがかなうまで、お前と共にいることにしよう≫


 ギド王の、最初とはぜんぜん違う優しい声が、私の耳に残った。


 目を開けると、魔法の白い光球と、それに照らされた岩の天井が見える。

 私はいつの間にか床の上に寝っ転がっていたみたいだ。


「はあ……」


 戻ってこられたんだ。

 無事だったことを実感して、ほっとして身体の力を抜く。


「クロウ、私がわかる?」


 声のする方に顔を動かすと、ケイが私のすぐ横で片膝をついていた。


「ケイ?」


 私が上半身を起こしたら、ケイは目を細めて微笑ほほえんだ。


「うん。大丈夫そうかな」


 ケイが勢いよく立ち上がる。


「心配させた?」

「そりゃあ、ね。だってクロウったら、いきなりひっくり返ったっきり、なんにも反応なくなっちゃうんだもの」

「あれ、そうだったのね。私はいろんなのを見たり話したりしてたんだけど」


 兜をかぶったときに見た戦争の映像や王様の声って、私だけが感じてたのかな。

 私は床に手を突いて立ち上がり、周囲を見回した。

 さっきと同じ、遺跡の部屋の中だ。とくに何かが変わったようには見えない。


「あの真っ暗の世界って、どこだったんだろ」

≪ただの兜の中だよ。世界ってほどのもんじゃない≫


 再び響くギド王の声。

 でもさっきみたいな暗闇にはならないし、姿も見えない。


≪あいにく、俺は実体のない、鎧に取り憑いた思念体ってところだ。目で見られるような形には残ってない。さっき見せたのは、今まで吸ってきた魔力と共に鎧の中へ流れ込んで染み付いた、使用者の記憶ってところだな≫

「なるほど……」

≪ついでに言うと、俺たちの会話の内容は外にはもれていない。お前が見たことや聞いたことを、こいつらに話すのも話さないのも、お前の自由だ≫


 そうなのね。

 じゃあ、私に魔力がないこと、他の人には聞かれなかったんだ。


「そっか。ありがとう、ギド王」

≪さーて。久々に力を使ったから、魔力の残量がもう無い。俺は少し寝るから、あとのことはそこの従者に聞いてくれ≫

「え、ちょっと?」


 そんな、いきなり寝るって。


「王様?」


 けど、それっきり、ギド王の声は聞こえなくなってしまった。

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