第35話 変異する世界

 黒の男爵の腕が動き指を鳴らす。空中に禍々しい小さな光の球が浮かび上がった。その光を受けて黒の男爵の影が伸びる。僕はノートパソコンを開いて、ダイスを投げた。数字は46。ダイスが混じりあい溶け弾けるまでの時間が短い気がする。そして、現れたのは、小柄なお婆さんだった。


 えーと誰でしょう? ピンとした背筋、常人とは思えない眼光。ただのお婆さんのようなそうでないような。黒の男爵の後ろからは全身を真っ赤に染めた説鬼が現れる。黒の男爵が自慢げに叫ぶ。

「ははは。今までの通常型と一緒と思うなよ。スピードが3倍になっているのだっ」


「ということは、つまり、その化け物を操っていることを認めるんですね?」

「だから、どうした? 我が配下とならぬなら死ねい」

 真っ赤な説鬼が駆け寄ってくる。確かに速いし、飛び跳ねていない。しかし、振り上げた爪は甲高い金属音と共に弾かれる。


 僕の前に立ちはだかるのはお婆さん。手にはいつのまにか脇差が握られていた。カンキンと音を立てて攻防が続く。あの攻撃を受け止められるだけで大したものだが、少々押されていた。

「新巻さんっ! 次を呼び出して」


 紫苑さんの声にノートパソコンを見れば、まだダイスが浮いている。そっか。最初に呼び出してから10分ごとに使えるのか。だから、たぶん、あと3回は振れるんだ。もう一度ダイスを投げる。22、ぞろ目だ。久しぶりに青いダイスが現れる。こっちは20。ダイスは消えたが何も現れない。あれ? 19話以下の話で20話を振っちゃったのか?


 次の瞬間、説鬼が爆発四散する。次いでドンという低い音が上の方から聞こえた。見上げると真っ赤なものにまたがった黒づくめの女性が冷たい顔で見下ろしている。その前には黒猫。ああ、あれは魔女ハンナと使い魔ゲオルグだ。空中でホバリングする箒の先端からは薄い煙がたなびいていた。


 ハンナがニコリと笑うと帽子を脱いだ。真っ赤な髪の毛が夜空に浮かび上がる。

「その男も吹き飛ばします?」

 爽やかな笑顔で物騒なことをさらりと告げるハンナ。舌打ちの音と共に黒の男爵の姿が消えた。


「ざ~んねん。確認する前に撃っておけば良かった」

 悔しそうな顔をするハンナを振り返って、黒猫がにゃにゃあと声を上げる。

「分かってるわよ。勝手なことをしたらいけないことぐらい。ちょっと言っただけ。カンティが待ってるから、それじゃあね」

 真っ赤な箒がふっと消える。


「全くひどい目にあったわい」

 説鬼の体液を全身に浴びたお婆さんがやってくる。

「ま、あんたの役に立てたから、それでええんじゃがな」

「ありがとうございます」


 僕はしばらく待ってみた。しかし、お婆さんは目の前から消えない。

「ええと。戻らなくていいんですか?」

「なんじゃ、若いおなごじゃないと扱いが冷たいのう」

「いえ、そういうわけじゃないのですが」


 そこへ紫苑さんが割って入る。

「新巻さんの力が伸びたので、常時、呼び続けられるようになったんです」

「じゃあ、ハンナは?」

 僕は上空を指さす。


「あの方と一緒に箒も呼び寄せましたでしょ? 非常に強力な分、維持には物凄いエネルギーが必要なんです。あれ以上、こちらにいたら新巻さんが意識を失ってました」

 なるほど。


「やっぱり、マスターって若い子がいいんですねえ?」

 みゆうさんが僕をからかう。無視無視。

「ところで、紫苑さん。いつまで、この状態なんです? ひょっとして、まだ敵がいるんですか?」


「はい。まだいます。というかですね。しばらく、この状態のままになります」

「え?」

「マジ? 明日は必修の授業があるんで困るんですけど」

 困ったような顔をしていた紫苑さんは頭を下げた。


「こちらの世界とあなた方の世界のつながりが強くなっているんです。前はほんのわずかな時間だけでしたが、いまではすっかり結びついてしまいました。ここは、二つの世界が重なっています。あの壁は、これ以上2つの世界が重ならないようにするためのものです」


「どうして、そんなことになっちゃったんですか? ちょっと迷惑なんですけど」

「それは、みゆうさん。あなたのせいよ」

「はあ? 意味わかんない」

「あなたが2つの世界の特異点。あなたを通じて2つの世界は1つになりつつあるわ」


「ぜんぜん意味が分かりません」

 みゆうさんは最初から理解を放棄している。まあ、僕も似たり寄ったりの気分。

「まあ、いいわ。とりあえず、みゆうさん。あなたはこちらの世界に居て貰わないといけないの。そうしないとあなたたちの世界はこちらの世界に取り込まれてしまう」


「なんで私なの? ていうか、それ本当の話? また騙そうとしてるんじゃないの?」

 紫苑さんは悲しそうな顔をする。

「これがウソだったらどれほど良かったか」


「ええと。僕からも質問があります。紫苑さんは、こちらの世界の方なんですね」

「はい。その通りです」

「だから朔日前後以外は現れなかったんですね。なんとなく腑に落ちましたよ。それで……」

「私の目的が何かを知りたいのですね。分かりました。すべてをお話します」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る